心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

音信不通からの別れを今でも心の中に引きずっている

f:id:shinrinsen:20180918072534j:plain

別れ方にも色々ありますが、音信不通になって、それから連絡を取れないまま別れになるというケースは、気持ちを引きずりやすいものかもしれません。連絡が来るのを待っていても相手からは何の連絡もなく、こちらから連絡をしようとしてもつながらず、別れるという話も十分にしないまま、相手が何を考えているのかわからないまま、ある程度時間ばかりがすぎたところで、別れを気づかされる、という感じのものです。

自分も気持ちが冷めているような状態から、お互いに連絡を取らなくなって自然消滅になるのとは違い、気持ちがまだ残っていて、別れることなんて全然考えていなかったような状態から音信不通の別れになった場合、別れを受け入れること自体に抵抗を感じるでしょうし、なぜこんなことになったのか理解ができない、と思われるかもしれません。心が深く傷ついたように感じられる方もおられるかもしれませんね。

音信不通からの別れを体験したことで、そんなことをされるなんて自分がくだらない人間だからだ、とか、異性として魅力がなかったからだ、という感じで自分のことを卑下される方もいらっしゃるかもしれません。人が信じられなくなる、という方もおられるかもしれません、ちゃんとお別れの話ができていれば、もう少し受け入れやすかったかもしれませんが、もう連絡も取れないので、それもできない状態です。今でも相手が何を考えていたのかわからないとしたら、気持ちの整理をつけようにも、相手のことをどう自分の中で整理したらいいのか、いまだにわからない、という想いを抱えておられる方もいらっしゃるかもしれませんね。


音信不通のまま別れになるということは、相手が別れ話をあなたとちゃんと向き合ってする、ということを避けたという解釈もできます。恋愛において、重たい話や深刻な感じになるのを嫌がる人の場合、真剣に向き合って本音の部分を話し合うということを避けるケースがあります。相手があなたに別れを切り出す場合、相手が罪悪感を感じるような話になりやすいので、それを避けたくなるような心理は働きやすいかもしれません。

付き合っている時、時には相手とあえて揉めるような話をしなければならないこともあります。付き合っているとき、音信不通の別れとなるよりも前に、そういったネガティブな雰囲気になる可能性のあるような本音の部分での話し合い、というのはあったでしょうか?
もし、そういうことが全くないか、仮にあったとしても、どこか綺麗な部分や無難な部分だけが話されて、本音がぶつかり合いそうなところはあいまいなまま話が流れるようなことがあったのだとしたら、音信不通になるサインは、その時から出ていたのかもしれません。

例えば、「あれ? 今ちょっと反応おかしかったな?」と思ったら、後になって相手から、そのことについてちくりと言われて、本音の部分が聞ける、、、、というのは、ある意味、健全ですが、そこでは何も言われることがなく気がついたら音信不通になっていた、というケースがあります。コミュニケーションをするのを嫌がった相手が、勝手に一人で何らかの結論を出して、その関係性から逃げるとそうなります。

例えば、別れ話っぽいことを相手が切り出してきたので、自分が別れることを拒んで、そこから一歩突っ込んだ話になるのかと思ったらそういうのも何もなくて、そのまま音信不通、というケースもあります。若干似てますが、揉めるようなコミュニケーションから相手が逃げるとそうなります。


ケンカしてくださいと言いたいわけではないのですが、絆を深めていくためには、本音のコミュニケーションが大切です。揉めるような話を避けて関係性が保たれているような場合は、どうしても本音で話さないと乗り越えていけないような変化が訪れた場合に、どちらかがそういった話し合いから逃げると、関係性が自然と消滅していきます。音信不通はその形式の一つです。

恋愛感情は変化していきます。2人の立場や環境も変化していきます。2人の心理的な距離も変化していきます。緊張感がなくなってきて、言いたいことを言いあうようになると、ネガティブな感情も感じるようになっていきます。恋愛って楽しいことや、愛し愛されるようなことや、幸せなことばかりではなく、色んなことがあります。その中には、お互いのズレを感じる出来事もあります。軽く話し合うだけで良いものばかりであればいいですが、どうしても揉めるような部分が出てくることもあります。あいまいにしたまま綱渡りのように表面上のやり取りだけで取り繕っていても、いつかは話し合わなければならない、となった時に、エスケープする、と言う選択肢がちらつきます。

あなた自身に、そういった話に対して、ちょっと苦手な感覚だったり、できればしたくないなという感じ、はあるでしょうか?
以前書いた記事に、話ができないパートナー、と言うタイトルのものがあるのですが、パートナーとの間で、うまく話が噛み合わなかったり、コミュニケーションがうまくいかない、と言う時のことを私なりに掘り下げて書いています。 

shinrinsen.hatenablog.com

記事の中でも書いていますが、揉めるような本音の話をする時に重要なのは、辛い時ほど、相手を見る、と言う部分です。相手の弱い部分や助けを求めているような部分をみて、そこに手を差し伸べる感じでコミュニケーションを続けていくイメージを私はもっています。相手に精神的に依存して繋がれないところやどうしても歩み寄れないところにこだわるのではなく、自らがこのコミュニケーションをリードしていき、相手のことをよく理解して、つながれるところを探して、繋がれるところで繋がっていくことが大切です。

揉めるような話があったとして、そこをどう一緒に乗り越えていくか、と言う時に、あなた自身が2人の間にあるコミュニケーションの課題に対して、どれだけ取り組めるか、と言うのが問われてきます。そんな問題はないと見ないようにしたり、そっとしておくことも他人ならできますが、恋愛関係だとそうもいかないです。例えば、不満はあるけど、相手に期待しても仕方ないと自分で結論を出して諦める、なんて言う選択肢は確かにありますが、それはやればやるほど、あなたにとってのパートナーの魅力や価値の部分が下がっていきます。その逆のパターンもやり、あなたのパートナーに同じことをやられると、パートナーから見たときのあなたの魅力や価値の部分が下がっていきます。これを繰り返していくと、どんどん関係性が無味乾燥したものになり、だらだら続けるか、お別れするか、と言う感じになっていきます。

音信不通の別れがあった時、その関係性の中に、揉めるような話も含めた本音のコミュニケーションはどれだけあったでしょうか?
もしかしたら、別れ際にちょこっとそう言う感じの話はあって、揉める話をするようなところで関係性が切れた、と言う感じかもしれません。

あなた自身の中にも、そう言う話は避けたかもしれない、と言う部分はあったでしょうか?
もしかしたら、避けはしなかったかもしれないけれども、相手を理解しながらコミュニケーションをリードするという感じではなかったかもしれません。

もし、音信不通からの別れを今でも心にひきづっている部分があるのなら、もしくは、あなたの中でまだその恋愛を整理できていないのなら、コミュニケーションという観点でその関係性を振り返ってみてください。そこに学びや気づきがあるのなら、次の恋愛に繋げてくためにも、自分なりの課題のような部分をそこからぜひ見つけてみてください。何より、あなた自身のために。


音信不通からの別れを自分の心の中で整理する時には、例えば、以下の4つのステップを踏むのが良いかもしれません。1つ1つのステップに時間がかかることもあるかもしれません。ただ、時間がかかるようなら、いっそのことそのステップにじっくり取り組むと言うことも悪くないと思います。

1. 別れを受け入れる
別れたということが心の中で受け入れられていないと、心の中を整理するのも、次の恋愛に進むのも難しくなります。いろんな事情や、想い、考えなどがあるかもしれませんが、前に進むためには、まずは一旦心の中で別れを受け入れるということが、そのスタートになります。

2. 自分を責めるのを一旦ストップする
こんな別れ方をしたのも自分の魅力がないからだ、とか、あの時あんな風にしていなければ、など、自分のことを心の中で責めることを繰り返していると、執着を手放すと言う方向に心を向けることができなくなります。心の中を整理するためにも、自分を責めることは、一旦後回しにしてみてください。

3. 相手に感謝する
相手のためではなく、自分のために、心の中で相手に感謝を伝えてみてください。と言っても、あんな奴に対して感謝するなんて!、と思われる方もおられるかもしれませんね。別れを経験したときによくあるのは、相手を責める気持ちがでてきて、心の中で相手を責めれば責めるほど、自分の中でその別れを引きずりやすくなってしまう、ということです。人によっては、その相手は許せない人、かもしれません。だったとしたら、その相手を責めたい部分はたくさんあるかもしれませんが、あえて、自分のために、感謝できることを探してみてください。理由は、そうした方が自分が前に進めるからです。心の中で相手を責めて「お前のせいで、今の私はこんなことになっている!」とやっているよりも、相手に感謝できるところを見つけて、「ありがとう。バイバイ。」ってした方が、次に進みやすくなります。

4. 執着を手放す(一番重要なステップです)
自分の心の中に、相手に対してどんな執着があるかを自分なりに見てみてください。やってみると、色んなものが出てくると思います。相手に会いたい、話したい、愛されたい、といった、相手に依存したいという想いから出てくる執着や、こんなことをされて傷ついた、あんなことを言われて傷ついた、といった、相手との恋愛の中でつけた傷から出てくる執着など。この執着が、失恋から立ち直ることを難しくさせているものの本体です。それを手放そうとしてみてください。執着を手放す、というのは、執着しているものから距離を取る、ということです。自分を責めるのではなく、距離をとろうと決める、ということが大切になります。と言っても、どうすればいいのやら、、、と思う人に向けて作った、執着を手放すためのエクササイズがありますので、ぜひ活用してみてください。以下のリンクです。


執着を手放すイメージワーク


音信不通からの別れについて、別れから学べることがあるなら学ぶ、と言うことと、次に進んでいくために心の中を整理していく、と言う2つの観点で掘り下げてみました。実際に取り組むとなると、どちらも抵抗感をたくさん感じながら、時間をかけながら、と言うことになるかもしれない、と思っています。ただ、そこで心の中を自分なりに整理できたときに、過去の自分と比べて一歩進んだ感覚を感じていただけるなら嬉しいです。ここに書いたことで、何か一つでもお役に立つことがあるなら、幸いです。

 

人に悩みを相談したいけど怖くてなかなかできない時

f:id:shinrinsen:20180911071111j:plain

悩みを人に相談したいのに、実際に話をするとなると思いとどまってしまう、ということはあるでしょうか?
あるいは、気を使ってくれる人がいて自分に声をかけてくれたりしているのに、大丈夫なふりをして誤魔化してしまうようなことはあるでしょうか?
心配をされたくなかったり、自分の弱い部分を人に晒すことが苦手だったりすると、聞いてくれそうな人がいたとしても、相談するのが怖くてなかなか最初の一歩が踏み出せない、ということもあるかもしれませんね。

ある意味では、助けてって言えないタイプ、と言えるかもしれません。相談しない、相談できない、のにはいろんな理由があるかもしれませんね。
・どんなに苦しくても、人に頼らないように心配されないように、自分でなんとかするのが基本。
・どこまで辛ければ人に相談することがOKになるのかわからない。
・たとえ、勇気を出して誰かに打ち明けたところで、全部わかってもらえるとは思えない。
・何か優しい言葉を言ってもらえたとしても、それが相手の本心なのかどうかはわからない。
・どれだけ信頼している相手だとしても、やっぱり自分の弱い部分をさらけ出すのは怖い。
・逆に自分が相手から相談を受けたとしても、相手の全部を理解してあげることはできない。


相談することに怖れを感じるのは自然なことかもしれません。相談内容によっては、自分の弱い部分を晒すことになりますので、そこをオープンに話していくことに怖れを感じるのは、ある意味では、当り前、なことかもしれません。私の体験だと、相談した結果、自分の気持ちが整理できたり、ありがたい援助を受けたり、気持ちを受け止めてもらえたことももちろんありますが、相談する相手によっては、思ったのと違う結果を受け取ったことも実際にはあります。悩みを相談する相手は誰でもいいわけではなく、選んだ方が良いです。あなたにダメ出しを頻繁にしてきたり、自分の考え方を押し付けてくる人ではなく、話をただ親身に聞いてくれる人を選んだ方が良いです。

実際に相談するかどうかは置いといて、もし、相談できそうだとしたら、どんな相手の顔が思い浮かぶでしょうか?

その相手に話をするとして、怖さを感じるのなら、悩みを全部話さなくても良いです。助けてって言えないのなら、ちょっと話だけでも聞いて、というのでも全然良いと思います。一部だけ、ちょっとだけでも聞いてもらうというのでも、何も話さないのと比べたら一歩前進です。話しているうちに、もう少し話してもいいかもと思えるなら、その流れで話せる分だけ話せば良いです。

悩みを全部話すというよりも、一部だけでも話すとしたら、どこまでなら安心して話せそうでしょうか?


相談する前に(実際に相談するかどうかはおいといて)、自分の気持ちを自分なりに整理してみるのがおすすめです。整理してからの方が相手に話しやすいですし、相手にも自分の話している内容が届きやすくなります。整理する時は、できれば頭の中だけでやるよりも、ノートに書いたり、スマホにメモをしながら、文章にして整理する方が良いです。文章化すると、自分の内側でモヤモヤしていたものが形になって整理できます。書いたものを自分であとで読み返すことで、自分を客観視しやすくもなります。

本当に誰かに相談するのかどうかはおいといて、仮に悩みを相談するのだとしたら、答えを相手から聞こうとするというより、まずは、自分の話を聞いてもらう、ということを意識した方が良いです。悩みを相談するのだとしても、答えは自分で出すもの。悩みを抱えている時に一番大切なのは、結局のところ「自分がどうしたいか?」です。それを一番よくわかっているのは自分自身。そこがベースにあって「じゃあどうしようか?」というのが決まっていきます。答えを相手が教えてくれるというより、参考になる意見やアドバイスを相手が提案してくれるかもしれない、という程度の感覚の方が良いです。相手が言ってくれたことを、あなたが取捨選択して、取り入れれるものを取り入れる、という感じが良いです。

答えを相手から教えてもらおうと考えると、相談相手として、答えを押し付ける人を選んでしまうかもしれません。その場合、相談した結果、あなたは相手に依存しやすくなったり、相手はあなたに自由に考え方を押し付ける感覚に酔いやすくなります。相談する人と相談される人の間に生まれるこのタイプの依存はお互いにとってあんまりよくないもので、その相手との人間関係であなたが悩む、という新しい悩みが増えることもあります。それは、やめておいた方が良いです。


自分の悩みを整理したとして、ここでもし、この内容を相談できそうだとしたら、どんな相手の顔が思い浮かぶでしょうか?
試しにその相談相手をイメージしてみて、自分の悩みを話している光景を想像してみてください。全部ぶちまけるというよりも、自分なりに整理した内容の中で、その相手に理解してもらえそうな部分を、その人になら自分が話してもOKだと思えるところまで話している光景を想像してみてください。なんとなくイメージしてみたもので、これならなんとか話せるかも、と思えるなら、ぜひ、その相手にその内容を話してみてくださいませ。

悩みを相談される、というのを別の角度から見ると、相手から信頼されている、とか、頼りにされている、という一面があります。ある意味では、あなたは相手に相談する時、あなたは相手にこんな風に価値を伝えています。
「私はあなたを信頼しています」
「私はあなたを頼りにしています」
実際に口にはしないと思いますが、相談するというアクションをとることによって、あなたから相手へそういうメッセージが言語外に発信されます。だから、相談された人は、相談されて嬉しいという受け取り方をする人もいます。例えば、私もそのタイプです。あなたが心をオープンにして相談することで、相手との間に信頼関係が生まれることもあります。ただ、全ての人がそういう受け取り方をするという訳でもなく、なんとも思わない人もおられれば、中には悩みを相談されるのが苦手、という人もおられるので、相談相手はよく選んでくださいませ。


人に悩みを相談したいけど怖くてなかなかできない時のことで、覚えて置いてもらいたいことを私なりに書いてみました。相談できないよりは、相談できる方が良いですが、誰にでも相談して必ず良い結果が出るわけでもないですし、結局のところ答えは自分で出すので、相談相手に依存しすぎるのも考えものです。ただ、自分でも相談した方が良いと思うのだけれども怖くてなかなか一歩が踏み出せないのなら、相談するということを、もうちょっとライトに捉えてもらいたいと思っています。まずは自分の心を整理して、その悩みの全貌ではなく、話していいと思えるところまでを、ちょこっとだけでもいいので、信頼できる相談に軽くでもいいので話を聞いてもらうことで、自分の内面を人に話すということに、少しずつでも慣れてもらえれば良いのだけれども、、、、とか思っています。

あと、もし、実際に話をすることがあったのなら、当たり前かもしれませんが、その相談相手に感謝を伝えることを忘れないようにしてください。相談されるということの受け取り方は人によって様々ですが、少なくとも、相談を受けるということに、相手の時間だったり労力だったりは使ってもらっていることになるので、まずはそのことに感謝を。親身にあなたの話に耳を傾けてもらったことに、気持ちを受けてもらったことに、あるいは優しい言葉をかけてくれたことに、感謝を伝えるということを覚えておいてくださいませ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

愛する人へのイライラが止まらないとき

f:id:shinrinsen:20180904070051j:plain

愛する人に対して、ちょっとしたことでイライラして怒ってしまうような時、自分のことを怒りの沸点が低いように思えて、自己嫌悪してしまうようなことはあるでしょうか?
彼氏や旦那様、あるいは、自分の子供に対して感情的になりやすく、ついついイライラをぶつけてしまうことが多い場合、そのうち、彼氏や旦那様に愛想をつかされてるんじゃないだろうか、とか、子供に悪影響があるんじゃないかと気になって悩んでしまうことも人によってはあるんじゃないかなと思っています。普段は問題ないんだけど、体の調子が悪い時や疲れている時など、あるタイミングでイライラが出てしまう、と言うケースもあるかもしれませんね。

イライラしてしまうことや、あるいは、そのイライラをぶつけてしまうことに関して、罪悪感のようなものは感じることはあるでしょうか?
罪悪感を感じつつも、どうしても怒りが出てしまうのだとしたら、自分でもどうしたらいいのかわからない、と言う感じになっている方もおられるかもしれませんね。

罪悪感を感じているのは、あなたの中にある優しさからきているのかもしれません。イライラをぶつける今のやり方は私のやりたいこととは少し違うかもしれない、と言う気づきがあって、それでも自分がそうできていないことから、罪悪感が来ているのかもしれません。


本当はどうしたいでしょうか?
愛する人に対して、イライラをぶつけてしまうのではなくて、本当はもっと優しくしたかったり、もう少し柔らかい言い方をしたい、という想いを抱えておられたりするでしょうか?
イライラしたくはないと思いつつも、その想いを抑えられずにネガティブな感情が出て来るのなら、どうしてもきつい言葉が出てしまうものかもしれません。

本当はどんな風に相手に接したいでしょうか?
相手に変えてもらいたいところがあるようなときに、きつい言い方ではなく、どんな言い方をしたいと思っているでしょうか?
心配してしまうようなことがあった時、相手にどんな風にそのことを伝えたいでしょうか?
助けてもらいたいような時、どう相手に伝えたいでしょうか?
あなたにとって、本当はどうしたいのか、と言う部分が何より大切です。あなたは、どうしたいでしょうか?


イライラしがちなことに自己嫌悪を感じているかもしれませんが、まずは、そのイライラしがちな部分も自分の心のパーツの一部だと言うことをあなた自身が受け入れてあげてください。イライラしがちな自分を否定すればするほど、イライラが強まったり、また、イライラを封印しようとすることで、爆発しやすくなったりします。まずは、今の自分はイライラしやすい状態なんだな、と言うことをあなたが受け入れてあげてください。

どんな部分にイライラをあなたが感じているか、それを一旦整理してみてください。こんなことでイライラしちゃダメ、なんて自分を押さえつけたりせずに、相手の中のどんなところにイライラしているのかを、一旦洗い出してみてください。整理してみると、これは別にどうでもいいかな、と言うものや、これは絶対に直して欲しいと思うものなど、ただイライラする、と言うだけではなく、本当に直してもらいたいところや、譲れない部分というのも出てくると思います。あなたの中で、ただイライラしている部分を直したい、というだけではなく、相手対しての不満を整理するということも、現実の生活の中では求められてくると思います。その部分をあなたなりに整理してみてください。

そしてもし可能なら、これはどうでも良いかな、とか、これは許してあげてもいいかな、と思えるものは、イライラを手放すことを心の中で選択してあげてください。ただ、譲れない部分は相手とコミュニケーションすることが求められてくる部分です。

整理ができたら、自分の感情は一旦脇に置いて、相手を理解することに意識を向けてみてください。相手にも感情があります。相手がやることにも相手なりの理由があったりします。今までに相手が言っていた事ややっていたことを思いかえしてみてください。
どんなことを考えていそうでしょうか?
どんなことを嫌がっていそうでしょうか?
どんなことが苦手で、どんなことを避けようとしていたでしょうか?
どんな痛みを心の中に抱えていそうでしょうか?
相手を理解することに意識を向けてみてください。

その中で、これは受け入れにくいな、と抵抗感を感じる部分はあるでしょうか?
あなたの中で、相手に対して抵抗感を感じる部分を整理してみてください。そこは、あなたと相手の間に隔たりがあって、お互いに理解し合うことが難しい部分かもしれません。その場合は、まずは、そういうものがお互いの間にあるのだな、ということだけ意識しておいてください。


イライラを感じるたびにそれを相手にぶつけるのではなく、直してもらいたいところや譲れない部分の話をすることを優先してください。自分でもどうでもいいかな、と思えるものまで、相手にあれやこれやと細かく怒りをぶつけていては、大事な話ができなくなってしまいます。相手をよくみて理解することで、今はやめて置いたほうがいいな、とか、今は怒りをぶつけさせてもらおうか、といったタイミングを測ること。自分の中で、怒りを表現する、怒りを表現しない、を選択することを意識してください。イライラするような出来事があった時に、いつも我慢するのではなく、いつも爆発するのでもなく、
怒りを出すときと、怒りを出さないときのON/OFFのスイッチを自分で制御すること。それができた時、心の中から湧き上がる怒りに支配されるのではなく、怒りに対して主体的に行動することができるようになります。

自分が抵抗感を感じている部分を相手にコミュニケーションしようとしてみてください。相手を責めるのではなく、自分の素直な気持ちを伝えること。自分が感じている痛みの部分を伝えてください。事実を突きつけて相手に罪悪感を感じさせようとするのではなく、自分の痛みをただ相手に分かち合う、ということを意識してください。それを聞いた相手が罪悪感を感じたり、自分に手を差し伸べようとしたり、どんな反応をするのかは置いといて、相手がそれを聞いてどう思って、どうしようとするのかを、相手に委ねてあげてください。余計な言葉を混ぜようとせず、相手をコントロールしようとするのでもなく、相手を信頼して、ありのままのあなたを伝えてあげてください。そのほうが伝わります。

イライラすることが問題というより、相手とあなたの間に何らかのストレスが存在していて、そこが時間とともに少しずつでも改善されていっているのか、それとも、ずーっと同じことでイライラするのが続いているのか、には違いがあります。イライラを感じていたとしても、その中で大切なことを相手とコミュニケーションできていて、コミュニケーションを通してお互いがそこで成長できていたならば、全然OKです。


愛する人へのイライラが止まらない時、というテーマで私なりに書いてみました。怒りをコントロールする方法を書いたというより、イライラの根本にあるものの扱い方を書いたという感じです。仮にイライラがある程度コントロールできたとしても、その根本が解消されないと辛いよなあ、とか思いながら書きました。

イライラがあるとき、あと、一つチェックしておいてもらいたいのは、相手を責めてはいるものの、自分も同じようなことをしている部分はないか、という部分です。自分を変えることができないから、相手を変えようとしているような場合、同じことを相手も考えている可能性があり、その場合は、お互いに相手を変えさせようとしていて硬直状態が生まれている可能性があります。それをやっていると、物事が完全に行き詰まります。相手を責めてはいるものの、自分も同じことをやっている場合は、自分がまず変化すること。物事を前に進めたいのなら、自分が一歩前に踏み出していくことが大切です。

ここに書いたことで、何かしらお役に立つことがあるのなら幸いです。

 

人の気持ちを試すようなことをしてしまう

f:id:shinrinsen:20180828070326j:plain

パートナーや友達など好きな人に対して、気持ちを試すようなことをしたことはあるでしょうか?
気持ちを試すというのは、ちょっとねちっこい態度ではあるのですが、、、、、例えば、あえて突き放すようことを言って、その時の相手の反応をみたり、あえて相手が嫌がるような質問をして、なんて返してくるのかを確認する、といった感じのことです。

相手に対して疑いや不安感を心の中に抱えている時ほど、相手を試したい気持ちが出てきやすいかもしれません。例えば、自分と一緒にいるのが本当は嫌なんじゃないのかな、とか、本当は自分のことが迷惑なんじゃないかな、といった疑いが出てきて、相手のことを信じることが難しくなっているような時です。精神的に不安定なところがあるような時に、相手に依存したい気持ちが出てきて、ついついやってしまう、ということもあるかもしれません。

心の中では、相手に嫌われるのが怖いあまりに、自分からあえて嫌われるようなことをして、相手が自分から離れていくように、「相手の気持ち」を自分の手でコントロールしたい心理が働くことがあります。

心の中ではそれでも自分のもとから相手が離れることがない、という結果を期待したくなります。自分のことが嫌になりながらも、人の気持ちを試すようなことをやめられないとしたら、いつかそのうち、自分の周りから誰もいなくなってしまうんじゃないか、という怖れを抱くこともあるかもしれません。


もし、周囲の人たちのことをなかなか信じることができなくて、そこに苦しみがあるのだとしたら、少し試してもらいたいことがあります。

パートナーや好きな人に対して気持ちを試すようなことをしたくなった時、自分の心の中ではどんな感情を感じていたでしょうか?
感情を感じるきっかけとなったのは、相手の行動や発言だったかもしれませんが、その相手の行動や発言を、あなたはどう解釈したでしょうか?

少し気づきにくい事かもしれませんが、相手の行為をどう解釈したかによって、私たちが感じる感情は変わります。

例えば、自分だったらよっぽどのことがないとしないようなネガティブな態度を取られたかのように感じたら、自分自身を相手に当てはめて、相手のなかによくないものがあるように想像したら、決して良い気分はしないとは思います。ただ、自分と相手は違うので、何を思って相手がそんな行動をしたのかは、推測しかすることはできないです。

例えば、過去にあなたが人間関係の中で辛い目に会った時と似たような状況を相手が作り出したなら、あなたは相手に対して心穏やかではいられないかもしれません。ただ、そんな経験がなければ、その解釈は全然違うものになるかもしれません。

どんな状況がやってくるとしても、それに対してどういう解釈をして、どういう態度でいるのかによって、あなたが感じる感情は変わります。ある意味では、あなたは自分が感じる感情に責任があります。あなたは自分の感情を主体的に選択できます。あなたの感情を作り出しているのはあなた自身。あなたが成長することによって、相手から受け取るものは変わります。

ただ、ここで自分の感情を相手のせいにしすぎると、あなたは相手に精神的に依存することになります。ちょっと極端な言い方をすると、あなたがネガティブな感情を感じないようにするためには、あるいは、あなたが良い気分でいるためには、それが維持されるための相手の発言や行動が必要になります。相手からあなたが望むような発言や行動がなかった時、あなたは相手のことを否定したくなります。
「なんでXXXしてくれないの?」
「なんでXXXをしたの?」
こういった不満を抱えやすくなり、あなたが望む行為をさせるように相手をコントロールしたくなります。幸福感や心が満たされた感覚を得るために、相手の行動や発言にあなたが依存することになります。周囲があなたのそれらを全てを満たしてくれるような感じであれば不都合は起きないですが、もし、そうではないのなら、、、、この精神的な依存が強い度合いだけ、あなたの中にある不安感と疑いは強まってしまいます。

自分の感情に注目してください。どうして自分が不安や疑いを感じているのかの理由を、相手に求めるのではなく自分に求めるとしたら、そこにはどんな理由があるでしょうか?
気持ちはどうしても相手のせいにしたくなる方向に向きますが、踏ん張って自分の心の動きに注目してみてください。

なぜ、私はそんなに不安や疑問を感じてしまうんだろうか?
そんな風に自分自身に問いかけてみてください。もしかしたら、自分が過去に感じた感情がルーツになっているかもしれません。自分が向き合わなければならない心理的な課題のようなものがそこにあるかもしれません。


自分が感じる感情は、時に、今自分に求められていることが何なのかを知るためのヒントを教えてくれます。心の中で誰かを責めた時、もし、それが自分にも当てはまることがあるとしたら何だろうかと思い巡らせてみた時に、何か気づけることがあるとしたら、それに取り組むことで、周囲から受け取れるものを変えることができます。

例えば「なんで私のことをわかってくれないんだろう?」と相手を責めている自分に気づいたら、「もし、私が誰かのことをわかってあげてないんだとしたら、それはなんだろう?」と自分に問いかけてみてください。そうすると、何か気づけることはないでしょうか?

例えば「なんであんな無神経なことができるんだろう?」と相手を責めている自分に気づいたら、自分に無神経な部分はないか、自分自身に問いかけてみてください。何か気づけることはないでしょうか?
何もなければ何もないで良いですが、もし、何かしら気づいたことがあるのなら、そこから目を背けないであげてください。もしくは、これには目をつむっても良いと思えるのなら、今あなたが責めていた相手に対しても責めないであげてください。

自分自身が完璧ではいられないように、相手にも完璧ではない部分があります。弱い部分があり、癖のある部分があり、時に悪意のあるような部分もあったり、意地悪な部分もあります。勘違いしているような部分もあったり、頑固な部分もあったりします。相手も相手で、自己嫌悪のような部分を抱えていることもあります。人としてダメで直した方が良さそうな部分もあるかもしれません。そういう弱い部分を守るために、あなたに対して防衛的な態度を取ってくることもあるかもしれません。そこを責めるのではなく、ただ、あるがままを理解してあげてみてください。全部は無理かもしれませんが、できる限り、理解やそのままの相手を受け入れてあげるような気持ちで、相手のことを思い巡らせてみてください。

相手を通して、自分自身のことが見えてくることもあります。
「私、こういうの苦手なんだ。」
「私、こういうのよくわかってないんだ。」
「相手にそんなつもりがなくても、私はこんな風に過剰に反応しちゃうんだ。」
もし、そういうことを気づけたとしたら、それはそれとして自分を否定するのではなく、自分の性質の一つなんだとあるがままの自分も受け入れようとしてあげてみてください。自分が受け入れた度合いだけ、自分以外の人も受け入れることができるようになります。

信頼は、自分が相手に対して抱く依存的な気持ちの延長線上にあるものではなく、理解や受容の延長線上にあるものです。あなたにも弱いところがあると思います。相手にも弱いところがあります。弱いところをつつき合うと隔たりが生まれますし、あまりにも距離が近すぎると合わないところや相手のダメなところが目につきすぎて、息が詰まってしまいそうになることもあります。ある程度の距離を保ちつつも、お互いに完璧ではないもの同士、繋がれるところで繋がっていくこと。コミュニケーションを重ねていくことで、距離感のあるところに橋をかけてあげてください。


人の気持ちを試すのではなく、相手に理解を送って歩み寄って、可能な限りあるがままの相手の姿を受け入れてあげて、コミュニケーションの橋をかけることで、自分も相手のことが理解できるし、相手も自分のことが理解できるようになる、ということを目指す方が良いです。自分がそういう成熟した関係性を望むのなら、自分から理解することと歩み寄ることを始めてみてください。最初の一歩は相手に対して勇気のようなものや、まずは信じてみる、という感じのものが必要かもしれません。ただ、それを繰り返してくことができた時、その積み重ねがお互いの信頼を強固にしていきます。

自分や相手の不安定な部分やよくない部分をみて、繋がりが失われることへの怖れに自らのエネルギーを注ぐのではなく、自分や相手のよくない部分を受け入れていくことで、その関係性が成熟していくプロセスを信頼してください。


そのために、もし、自分が向かい合わなければならない心理的な課題があるとしたら、どんなものがあると思えるでしょうか?
相手のせいにするのではなく、自分を過剰に責め立てるのでもなく、ただ、自分には向かい合わなければならない課題があって、まだそれをクリアできていないだけ。今からやる課題が今自分の目の前にあるだけなのだとしたら、そこには何があると思えるでしょうか?
それに気付いた時、これは相手の問題ではなく、あなたの問題だということに気づくことができるようになります。もちろん、相手にもダメなところはあるのかもしれません。でも、それは相手が取り組むことです。あなたには、あなたなりに取り組むことが求められているものがあり、それに向かい合うことは、あなた自身の為にもなります。


人の気持ちを試すようなことをしてしまうときのことについて、私なりに掘り下げて書いてみました。何かしらお役に立てるところがあるのなら、幸いです。

 

自分が子供時代に当たり前にできたことを我が子ができなくてイライラする

f:id:shinrinsen:20180821063028j:plain

自分が子供時代に当たり前にできていたことは、自分の子供も同じようにできるのだろうと思っていたら、全然そんなことはなくて「この子は一体誰に似たんだ」なんて思ったことのある方はおられるでしょうか?
そのことでイライラした気持ちになって来て「なんでできないの?」とか「やりなさい!」と非常に厳しく子供に接したことのある方もおられるかもしれません。

イライラした時、子供のことを心の中でも責めながらも、その後で、イライラして子供にきつく当たってしまった自分自身にもダメ出しをしたくなる、ということはあるでしょうか?
あんなに辛く当たらなくてもよかったかもしれない、とか、ちょっとヒステリーっぽかったかもしれない、、、、などなど。そうは思いつつも、実際に子供のそう言う一面を再び見るとどうしてもイライラしてしまうのだとしたら、ちょっとやるせない気分になることもあるかもしれませんね。


できないよりもできた方が良いから叱っているのだと思います。あるいは、ダメなものはダメだから厳しく言い聞かせようとしているのだと思います。ただ、本当はもう少し優しく接してあげたい、とか、ちょっとヒステリーっぽい感じだったかもしれないから、もう少しこの自分のイライラをなんとかしたい、と言う想いがあるとしたら、そのイライラを作り出している自分自身の心の中に、少し踏み込んでみても良いかもしれません。

自分の中にある子供を愛しているマインド。そこには、子供に優しく接したいと言う想いもあれば、躾、というか、育てていくために言わなければいけないことは言っていく、と言う部分もあると思いますが、このイライラした気持ちと、躾、と言うのはある意味では関連があると思います。優しく接してあげたいという部分と、厳しく言わずにはいられない部分の両方が自分の心の中にあるのだとしたら、ここに自己矛盾や、あるいは葛藤のようなモヤモヤしたものがあるという見方もできるかもしれません。


少し整理するために、なんのために厳しくしてしまうのだろうか、あるいは、きついことを言う必要があるのだろうか、と言う部分を自己分析してみてください。そこまで厳しくしなくても良いと思えるかもしれません。ただ、もし、厳しくすることに目的があるとしたら、なんだと思えるでしょうか?
厳しくすることにメリットのような部分があるとしたら、なんだと思えるでしょうか?
躾、という言葉を私は使いましたが、子供を育てていくために必要なパーツをその部分は一部担っていると思います。

子供に優しく接してあげたいのはなぜでしょうか?
愛しているから。繋がりたいから。優しさを教えてあげたいから。大好きだから。そんな理由や想いがあなたの心の中にあると思います。

イライラしてしまう自分を責める前に、自分の優しさの部分からダメな自分自身を厳しく罰してしまう前に、厳しさも優しさも両方とも自分の中にあるもので、子供と接して育てていくために、両方とも大切な自分の心の一部だと言うことを、まずはあなた自身が認めてあげてください。

両手を広げて、右手に自分の中にある厳しさを、左手に優しさをイメージしてください。左手の宿る存在の暖かさを感じてください。あなたの愛を象徴するような部分です。あなたの本質的で大切な心の一部です。右手に宿る存在の力強さを感じてください。物事を前に進めていくためのパワーを感じてあげてください。それも大切なあなたの心の一部です。右手と左手を合わせて、両方のエネルギーが統合されるのを感じてみてください。どちらも目的は一つ。子供を愛することだと思います。

愛を持って、今、心の中で子供の姿を、それも「当たり前のことをできていない子供」の姿をイメージしてください。この子を育てていきたいし、愛したい。そんな思いでその子供を見つめてあげてください。この子を導いていくやり方はたくさんあります。どんなやり方がいいか、あなたが考えて選んであげてください。正解があると言うよりも、あなたとその子にとってぴったりの道のりを、あなたがリーダーとなって子供と手を取り合って歩んでいく、という感じかもしれませんね。


少し見方を変えて、その子はあなたが子供時代に選ばなかった別の選択肢を選んだ存在、ある意味では、あなたの影のような部分を見せてくれている存在、と言えるかもしれません。子供時代にあなたは、その影の部分を否定したかもしれません。封印したかもしれません。そんなことやっちゃダメだと強く拒否して、いい子になることを選んだのかもしれません。あなたが子供時代をうまく生きていくために、その選択というのはとても役に立ったのかもしれません。

「当たり前のことをできていない子供」を愛して導いてあげるというのは、あなたにとって、子供時代に置き去りにしたあなたの影の部分を、自分の中に取り戻していくプロセスと言えるかもしれません。僕たちは自分の心の内面を周囲の人たちに投影して、好きになったり、嫌いになったり、認めたり、否定したり、あるいは無視したりします。そこで感じる感情は、相手に対して抱いているものであると同時に、自分自身に対して返ってくるものです。「当たり前のことをできていない子供」は今あなたに何を見せてくれているでしょうか?

子供をみて、私の中にもそういう部分があるなって認めることができる度合いだけ、あなたはあなたの子供の中にあるその部分を、受け入れやすくなります。そんな部分を取り戻していくなんて、あなたの子供時代には怖くて試すことができなかったことかもしれません。ただ、大人となった今ならそこに一歩踏み出していくことができます。あなたは子供を愛することを通して、子供時代には触ることのできなかった、自分のその部分を包み込んであげることができます。

あなたはどんなルールでその影の部分を封印してきたでしょうか?
わがままをいうのが絶対ダメなわけじゃないし、自分に甘いのが絶対ダメなわけじゃないです。そこに理由があったり、何か背景があったり、例外的な要素がある場合には、絶対ダメ、というルールが柔軟な対応を阻害することがあります。絶対に怠けてはいけないわけじゃないし、絶対に人に迷惑をかけちゃダメなわけじゃないです。目上の人に怒られた時に絶対に逆らっちゃダメなわけじゃないです。


自分が子供時代に当たり前にできたことを我が子ができなくてイライラした時のことについて、私なりに掘り下げて書いてみました。子供は、あなたを親として成長させてくれます。「当たり前のことをできていない子供」が、あなたに見せてくれているもの、それはある意味では、あなたにとっての成長のチャンスと言えるものかもしれません。

 

過去の人間関係

f:id:shinrinsen:20180814063813j:plain

人間関係は、環境の変化とともに移り変わっていきます。親しかった人と疎遠になったり、縁を切りたかった相手とも疎遠になったり、職場が変わったり住むところが変わったりすることで新しい出会いがあったり、などなど。その中でも、人間関係の中で嫌な目にあったようなこと、例えば、下に見られたり、いじめを受けたり、ひどい扱いをしてくるような人たちとの縁が最終的には遠のいて、
過去のものとなることもあります。

過去のものとなったら、はい終わり! もう、そのことを思い出すこともないし、縁が切れて一安心、という感じになるだけならいいのですが、、、、ちょっとしたきっかけで、その時の嫌なことを思い出したり、その過去つながりのあった人から突然連絡が来て、勘弁してほしい、と言う気分になったことはあるでしょうか?

もし、そんな想いをするようなことがあるのなら、、、、、ちょっと心の中でチェックしてもらいたいことがあります。


自分の心の中で解決できていないような感情があった時、それが別の形で蘇ってくる、と言うことがあります。過去の人間関係で自分の中で消化できていないような部分があると、そういった体験をすることがあります。

自分自身のことを低く扱っていると、あなたの周囲にあなたのことを低く扱う人たちが集まって来ます。あなたのことを利用したり、あなたのことを悪く言ったりするような、本来であれば歓迎したくないような人たちが集まって来ます。あなたと親しくするのにふさわしくないようなそんな人たちとは、ただ距離を置けばいいだけなのですが、自分のことを低く扱っていると、あまり良くない扱いをされるのに違和感を感じることができず、あなたのことを、その人たちの好きにさせてしまうことがあります。過去の人間関係の中で、あなたにとって、これに思い当たるようなことってあったでしょうか?


距離を置く、と言うのを別の言い方で言うと、合わない人には合わせない、です。人と接していて、「なんか合わないな」とか「一緒にいてて居心地がよくないな」と思う人とは無理に波長を合わせない。相手のいっていることに違和感を感じたら、無理に同調しない。ペースを合わせるようなことをしない。行動を合わせない。時間を合わせない。場所を合わせない。そうすると、だんだん心理的にも物理的にも距離が離れていきます。

合わない人に無理に合わせようとすると、やりたくないことをやらなきゃいけなくなったり、相手のいってくることに合わせるために、あなたが犠牲をしなければならなくなったりします。あなたが無理に合わせ過ぎて、自分の意見がない感じになると、相手から軽く見られやすくなります。相手に合わせるのが当たり前になると、あなたが合わせることを相手に期待されます。そうすると、あなたが合わせなかった時に、相手から「なんでXXXしないの」とか責められたり、ダメ出しされたりすることもあります。

ところが、あなた自身が自分のことを低く扱っていると、そう言う扱いを受けるのは、私が劣っているから、とか、私が悪いからだ、と言う解釈をすることになります。合わない人に無理に合わせて犠牲的なことをしているからそう言う扱いをおびき寄せてしまう、という理解や、合わない環境にいたから居心地の悪さを感じることが多い、と言う理解ではなく、私は価値の低い人間だからそう言う扱いをされるのが当たり前、という理解になります。ただ、それは誤解です。あなたの真の価値は、あなた自身が見ることができるもの、あるいは、あなたのことを大切に思っていたり、あなたのことを愛している人だけが触れることのできるものです。


今も自分のことを低く扱っているような部分はあるでしょうか?
どんな価値基準で自分のことを扱っているでしょうか?
居心地の良い人間関係の中では、自分自身のことをどう扱っているでしょうか?

もし、自分の心の中にある、自分自身の価値を判断している基準のようなものの中で、自分自身が幸せになるために役立っていないような、どちらかと言うと、自分自身の足を引っ張っているようなものがあると思えるのなら、その価値基準を手放すことはできるでしょうか?
周りの人がどう考えているのだろうか、とか、普通はどう考えるのだろうか、とか、気になるところもあるかもしれませんね。ただ、他人の意見に振り回されると、あなたがあなた自身を見失います。あなたにとって本当に大切なものは何でしょうか?

「私はXXXだから、私は私のことが嫌い。」
「私はXXXだから、人より劣っている。」
そのXXXの部分は、ある意味では自分の性質の一つかもしれませんが、自分を価値の低いものとして扱っているその考えは、あなたのお役に立っているでしょうか?

もし、手放すことができるなら手放したいと思えるのなら、試してもらいたいことがあります。
1)手放したほうがいいと思うものを1つ意識してください。まず、それが自分の内側にあると言うことを認めてあげて、その存在を感じてあげてください。
2)「それを手放すことに抵抗がありますか?」Yes/Noで即答する。抵抗があれば3へ。抵抗がなければ6へ。
3)「抵抗を手放せますか?」Yes/Noで即答する。
4)「抵抗を手放しますか?」Yes/Noで即答する。
5)「いつ抵抗を手放しますか?」Yes/Noで即答する。ネガティブな答えなら、3〜5を何回か繰り返してみる。抵抗が手放せそうなら、6へ。
6)「それを手放せますか?」Yes/Noで即答する。
7)「手放しますか?」Yes/Noで即答する。
8)「いつ手放しますか?」Yes/Noで即答する。ネガティブな答えなら、6〜8を何回か繰り返してみる。
ステップは多いですが、即答するだけなのでそれほど時間はかからないです。


過去の人間関係で断ち切りたいと思っている人たちから再び連絡があった場合には、もう、その人たちに合わせて犠牲をするのをやめることが大切です。嫌なものは断る。合わないものには合わせない。ごちゃごちゃともっともらしい理屈をつけてくる場合でも、きっぱりと断りを入れる。もしかしたら、断りを入れることで相手には責められるかもしれませんし、良くわからない情のようなものに訴えて来られるかもしれせん。きついことを言うと嫌われるとも思えるかもしれません。ただ、もともと、あなたのことを低く扱ってくるような相手です。無理をして、そんな相手のご機嫌を取ろうとしないでください。時に勇気がいることもあるかもしれませんが、もう、自分を低く扱って、犠牲をすることを当たり前と思う振る舞いとは、さよならをしてあげてください。


過去の人間関係でいまだに嫌な気持ちが残っている記憶があるのなら、それも手放してしまいましょう。なんども思い返すことで、ある意味では、その時の嫌な気持ちに浸る衝動が、心の中にあると思います。どこか自分の中に、その嫌な記憶に対して執着していような部分があるのかもしれません。その執着も、手放せると思えるのなら、手放してしまった方が良いです。手放し方は、同じやり方が使えます。上に書いた1〜8のステップを試してみてください。


自分の心の中で解決することが求められているような部分がある時、それが形を変えてそこと向かい合うことが求められるような出来事が自分にやってくることがあります。過去の人間関係で何かしらある時というのは、もしかしたら、そんな時かもしれません。怖れずに、自分の課題と向き合ってみてください。


過去の人間関係の中で、特にあなたに対して良くない扱いをしてきた人たちとの関係性のことについて、私なりに掘り下げて書いてみました。ただ単に、合わないんだな、というお気楽な発想ではなく、私が悪いから、とか、私が劣っているから、という深刻な発想になりがちだと、そういう人間関係を引き当てやすいかもしれません。ここに書いたことで、何かお役に立つことがあるなら、幸いです。

 

セドナメソッドについて
「手放せますか?→はい/いいえで答える。手放しますか?→はい/いいえで答える。いつ手放しますか?→答える。」の部分はセドナメソッドを使っています。セドナメソッドについては本も出版されておりますので、興味のある方は読んでみて下さい。

新版 人生を変える一番シンプルな方法―セドナメソッド

新版 人生を変える一番シンプルな方法―セドナメソッド

 

セドナメソッドの公式ホームページは以下のものです。

The Sedona Method | Heal Yourself by Letting Go | Official Site

 

話ができないパートナー

f:id:shinrinsen:20180807071227j:plain

彼と価値観や考え方が違ってて、話が噛み合わなかったり、意見がぶつかり合ったりするということは、長く付き合っていれば多少なりとも出てきたりはしないでしょうか?
そこでコミュニケーションを重ねていくことで、何かしら理解し合えたり、一線を越えると不味そうなところや、ここは干渉しない方が良いところが見えてきたりしながらも、少しずつ2人の間に折り合いのようなものが付いていくものかもしれません。

ただ、相手があまり話を聞かないようなタイプだと、コミュニケーションをしようとしても、ずっと平行線のまま、まるでお互いがお互いに言いたいことを言い合って終わっているかのような感じになりがちです。相手の言うことにこちらが理解を示す分には、相手から良い反応が返ってくるのだけれども、いざ、こちらが言いたいことを言い始めた途端に、相手のリアクションが悪くなり、あなたが間違っているとか、普通じゃないとか、変わった価値観を持っているとか、批判的なことを言ってくる、という感じかもしれません。そこで、一生懸命に工夫をして、相手にわかるような伝え方をしようとしても、全く耳を貸してくれないような感じだと、そこで疲れ切ってしまうこともあるかもしれません。

相手がパートナーとかではなく、職場の同僚などある程度距離のある人間関係であれば、あまり相手に干渉しないことで、うまく人間関係を維持するという工夫もできます。ただ、恋愛関係だとやはり感情が出てきますのでそうもいかず、やはり、言いたいことは言いたい、と言う気持ちをお互いに抱えていくと思います。いろんなケースはあると思いますが、中にはそこでどうしても行き詰まってしまって、最終的に、この相手とはやっていけないという気持ちになって、別れを選択する、、、ということもあるかもしれません。


もし、パートナーが話を聞いてくれないような感じの人だけれども、相手のことが大好きだから、なんとかやっていきたいという気持ちがあるのなら、、、、、。
話を聞かない相手を責めたい気持ちは一旦脇に置いといて、あなたが言いたいことを言っているときに、相手がどんな感情を感じているのか想像してみてください。

あなたから責められているように感じて、自分の身を守ろうとしているのは、なんとなくわかるでしょうか?
何か守ろうとしているものがあって、あなたにそれを脅かされることを感知して、防衛的になっているのだとして、相手はあなたから何を守ろうとしているでしょうか?
プライドでしょうか?
自分のやり方を変えたくない、という感じのものでしょうか?
相手が何を守りたいと思っているのか、ちょっと想像してみてください。

相手から、あなたを責めてくることもあると思います。どんなことを言われたでしょうか?
言われたことであなたはどんな気持ちになったでしょうか?
例えば、もしかしたら、自分の価値を否定されているような気持ちになったかもしれません。悲しい気持ちになったかもしれません。愛されていないような気持ちになったかもしれません。そこでは、自分の弱い部分を守るために、あなたも防衛的な態度をとりたくなると思います。

コミュニケーションをする時に、自分の弱い部分を守ることに目が行くと、相手のことが見えなくなります。そんな時に、相手に歩み寄ろうという気持ちになることは難しいです。その時のことを、こんな風に考えてみてください。
私が自分のことでいっぱいいっぱいだったように、相手もいっぱいいっぱいだったんだろうなって。自分の身を守ろうとして、精神的にいっぱいいっぱいになっている。その時の相手の気持ちはなんとなく想像ができるでしょうか?

恋愛関係(夫婦関係でも同じですが)では、相手が感じている感情を、自分も感じるという共鳴がよく起きます。相手とあなたは感情面で繋がっている、ということを意識して見てください。もし、自分が感じている感情を相手も同じように感じているとしたら、何か気づけることはあるでしょうか?

恋愛に正解があるわけではないです。自分がどうしたいのか、と言うのが一番大切な部分です。話の通じないパートナーとはこの先やっていけないと、相手から離れるという選択は、何も間違ったことではないです。ただ、もし、あなたがそれでも相手とやっていきたいという選択をするのなら、このコミュニケーションの先に進んで行くことが求められて来ます。


あなたはどうしたいでしょうか?
もし、この相手との関係性を続けていきたいと言う強い想いがあるとしたら、それはなぜでしょうか?
中途半端な気持ちだと、防衛的な態度をとってあなたを責めてくるパートナーに対して、ついつい自分の傷や弱い部分に目が行ってしまい、そこでコミュニケーションは止まります。あなたが、この相手とうまくやっていきたいという想いを持つのなら、このコミュニケーションをリードしていくことが求められてきます。

辛い時ほど、自分を見るのではなく、相手をみてあげてください。今、相手もいっぱいいっぱいなんだな、って。気持ち的には怒りや不満や自分のエゴのような部分に引っ張られやすいかもしれませんが、そういうときほど、本当にこの相手でいいの? 本当にやりたいの? と言う部分が問われてきます。

時に相手とあえて揉めるような話をしなければならないこともあると思います。そこで自分の弱い部分を突かれるような想いをすることもあるかもしれませんが、そういうときほど、相手を見る、ということを意識してください。

自分がいっぱいいっぱいだった時のことを想像してください。自分の弱い部分を守るのに必死だった時のことを思い出してみてください。パートナーだからこそ、わかるものがあると思います。精神的にきついときほど、相手をよく見てください。自分の弱い部分を見ると苦しくなるだけの時も、相手を見ることに注力したり、相手に与える、と言うことに注力した方が、実際には気持ちが楽になります。

感情的に大きく揺さぶりをされるようなこともあれば、それ以外にも細かいこともたくさんあると思います。例えば、相手からあまり関係ないことで文句をつけられることがあったり、いちいち余計な一言にイライラさせられたり、子供みたいに幼いことを言われたり、よくわかんない理屈をごちゃごちゃと言って来られれたりもすると思います。たとえ相手が色々なことをして来ても、あなたがやることは、諦めない、ということです。

関係ないことを言って来たら、しばらく話を聞いた後、相手の言っていることが今話題にしていることとは関係ないとあなたが思う理由を手短に伝えて、元の話に戻してください。余計な一言には反応せずにスルーしてください。幼いことを言って来たら、手短にその幼さをちくりと指摘した後、元の話に戻してください。よくわからない理屈を言って来たら、まともに相手をせずにしばらくその話を聞き流した後、元の話に戻してください。ちょっと手間だと感じることもあるかもしれません。ただ、その相手と一緒にやっていきたい、というのがあなたがやりたいことなのであれば、あなたが、このコミュニケーションをリードしていってください。


辛いときほど、相手の方をみた方がコミュニケーションが楽になります。自分の方に目が行くとコミュニケーションが苦痛になりますので、ご注意を。防衛的になっている相手はあなたのダメなところを突いて来ますが、自己防衛のために人の粗探しをしている時に言ってくる言葉に反応して、自分の内側に籠りたい気分になってしまうよりも、ふーん、こう言ったら、こう返してくるのねー、くらいのお気楽さもあった方が良いです。そのお気楽さがなくて、自分と相手を責めながらどんどん深刻になって行くと、コミュニケーションが苦行になります。

どちらが言っていることが正しいのか、と言う正しさの争いを手放すことが大切です。防衛的になっている相手は、あなたの言っていることが間違っているから、こんなことになっているのだ、と言う感じの言い方をしてくることもありますが、その目的は自分のダメなところを守りたいだけです。

正しさの検証に目が行くと、あなたが間違っているか、あなたが間違っていないかに、お互いが注目することになります。その時間は、あなたにとって苦痛を感じる時間になります。あなたが間違っていることを認めると、ほら見たことかという感じに相手はなり、あなたはちょっと卑屈になるかもしれません。あなたが間違っていることを認めないと、相手はあなたの穴を割と全力で探し、あなたはその尋問に耐えなくてはならなくなります。これをやられたあなたは、今度は相手のダメなところや穴がありそうなところに、あなたから正しさの検証をけしかけたくなります。

大切なのはどちらが正しいかではなく、お互いにとって何が一番いいのかを、一緒に探して行くことです。そのためには、正しさの主導権争いに向かう意識は、どちらかというと邪魔になります。コミュニケーションをリードするためには、あなたがまず、正しさの主導権争いから降りてください。
「どっちが正しいとか、どうでもいいや。」
このお気楽さをあなたが先に受け取ってあげてください。

パートナーシップをより良いものにしていきたいと言う気持ちを大切にしてください。相手が色々言ってくることの中には、パートナーシップをより良いものにして行くためのヒントのようなものも沢山あります。自分が一歩引いた方が良いところや、相手の成長のためにサポートしてあげた方がよさそうなところを、そこから知ることもできます。例えば、相手が間違っていると言うか、相手がただ単によくわかっていなさそうなところは、相手があなたの言っていることが理解できるようにあなたがサポートすることで、そこでぶつかってしまうのではなく、お互いに分かり合える、と言う結果を目指すことができます。


「どっちが正しいとかどうでもいいよ」と発言して「相手が正しさにこだわっている」ことを批判するのではなく、あなたが身をもって、正しさよりも大切なことがあると言うことを、相手に示して行く感じが良いです。ちょっと理想論かもしれませんが、相手もあなたに同調して、どっちが正しいとかどうでもいいか、と言う状態にまでなれば、お互いの防衛が取れるので、コミュニケーションがぐっと楽になります。例えば、私が間違っていた、いやいや俺も間違っていた、とお互いに言い合う雰囲気になって、お互いの防衛がとれると、その後のコミュニケーションがぐっと楽になる、と言うのを体験したことのある方もおられるのではないかと思います。

自分の弱いところに目がいって思考停止するのではなく、相手をよく見て理解して、そこから、パートナーシップをより良くするためにできることを考えてみてください。

いつも同じところで言い合いになって、こいつには話が通じないとか、分かり合えないことに落胆し続けると、コミュニケーションが苦痛になりますが、辛い時ほど相手をみるようになって、より相手のことが理解できて、コミュニケーションの橋がかかるようになってくると、過去の自分たちと比べて、今の方がグッとより良い状態になっていることに気づくことができるようになります。


話ができないパートナー、と言うテーマで私なりに掘り下げて書いて見ました。相手を見たときに「話ができない人だな」と思っているときは、まあ、だいたい、相手からも似たようなことを思われていますが、恋愛関係(夫婦関係)で揉めるような話をするときに大切なのは、辛い時ほど、相手を見る、と言う部分です。相手の弱い部分や助けを求めているような部分をみて、そこに手を差し伸べる感じでコミュニケーションを続けていくイメージを私はもっています。相手のことをよく理解して、つながれるところを探して、繋がれるところで繋がっていくことが大切です。繋がれないところや、どうしても歩み寄れないところにネチネチとこだわりながら、分からず屋の相手を心の中でいくら責めても、良い結果を受け取ることができません。自分が誰よりも大切に想う相手であれば、あなたの方から歩みよって、あなたの方からコミュニケーションをリードしてあげてください。それらを積み重ねていくことで、2人の絆を強固なものにしていくことができます。