心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

職場にいる合わない人

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職場にはいろんな人がいらっしゃると思います。非常に個性的な人だったり、あんまり自分を出さない人だったり、真面目な人だったり、飲み会になると元気になる人だったり、様々です。いろんなタイプの人たちとの人間関係がそこでは形成されて行くと思います。ただ、中には、自分に合う人もいれば、なんだか合わないなと感じる人もいるかもしれません。

自分の心の中で封印している要素がある場合、例えば、怒ることを自分に許していない場合、いつも怒ってばかりいるような人が苦手になることがあります。人に甘えることを自分に許していない場合、人に頼ってばかりいる人を見るとイライラしてしまうことがあります。なんだか合わないな、、、、ということの裏側に、その人がしていることで、自分が否定しているようなことがある場合は、自分が心の中で封印していることが原因で、苦手な人ができている、、、、なんていうことがあります。

仕事上あんまり関わりがないのであれば、特に気にならないかもしれませんが、もし、この苦手な感じをなんとかしたい、という場合には、自分の内側にある、この心の中で封印している部分に対してのケアを行うことで、その意識を変えて行くことができます。


その人のどんな部分が嫌でしょうか?
その人だけではなく、同じようなことをする人はだいたい苦手だな、と思えるようなところは、自分にとって、合わない、と感じる時の一つの基準のようなものになっているかもしれませんね。その基準に合致するようなことは、自分自身は避けたり、心の中で封印していることが多いと思います。

ただ、心の中で封印するというのは、苦手な人ができる、という以外にも、自分にとっての枠組みというか、許容範囲というか、受け取れるものを制限してしまう、といったことがあります。

例えば、怒る、ということは、できればしない方が良いことのように思えるかもしれません。ただ、怒るということを封印していると、怒らなきゃいけない時に怒れなくなったり、怒りを溜め込んでしまうことで犠牲的になったり、時に違う形で爆発してしまうこともあります。あくまで一つの例として、怒る、ということをあげましたが、自分にとって制限しているものがあることで、いろんな弊害が生まれてくるという一面があります。

ある意味では、合わない人、というのは、そういう一面に気づかせてくれる人、とも言えます。その人が自分に見せてくれることで、自分にとっても受け入れた方が良いのだろうな、と思えるような部分には、どんなものがあるでしょうか?

例えば、男性に媚びるような態度をとる女性がいたとして、見てるだけでイライラする、ということがあったとします。その場合、媚びるというのにはあまり価値がないように思えたとしても、男性に甘える、という部分は受け入れても良いかもしれないな、と思えるなら、その部分を受け入れようと意識する、という感じです。自分が合わないな、と感じる人の振る舞いをみて、ネガティブな評価を心の中でするだけではなく、価値があると思えるようなところで、取り入れても良いと思える部分を取り入れてみてください。

その人に価値を見た度合いだけ、あるいは、取り入れても良いと思える部分を見れた分だけ、自然とその人に対して持っている、合わないな、という感覚も少し薄れていく、ということもあります。職場にいる合わない人を見ていて、あ、自分にない良い部分も持っているかも、なんて思える場合には、ぜひ、その人から受け取れるものは、受け取っていく、ということを試していただければ、と思います。


ただ、もし、合わない人との人間関係で強いストレスを感じているような場合は、上記に書いたケースとはちょっと違う形で見てもらった方が良いかもしれません。日々を平和に過ごしたいと思っていても、気の合わない人のことでイライラするようなことが頻繁にあったり、ストレスを極端に強く感じるようなことがあるようであれば、朝、仕事にいきたくない気分になったり、場合によってはそこからの異動希望を会社に伝えたり、中には離職を検討される方もおられるかもしれない、なんて思っています。

そういう場合には、そういったストレスを減らすためには、その人と心理的に距離をとるということを考えた方が良いかもしれません。ストレスを減らすためには、嫌な出来事はためこまないで誰かに話す、自分に共感してくれる味方を作る、その人となるべく関わらない、その人のストレスのある部分のことを自分の中で「ああいう人だから」と割り切る、といったものが有効です。合わない人と心理的に距離を置くことができると、ちょっとでも心に余裕を生み出していくことができるようになります。その辺りについては、少し切り口は違いますが、嫌いな人がいる場合のことについて以前に書いた記事があります。参考になれば見てみてくださいませ。

shinrinsen.hatenablog.com

 

過去の恋愛のトラウマがあって、彼のことを信じきれない

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元彼や昔好きだった人との恋愛関連で心が深く傷つくような出来事があって、それがあまりにも痛かった場合、もし、もう一度同じことがあったらどうしよう、という怖れが出てきて、今の彼をなかなか信じることができない、ということがあります。

こういった心の中でトラウマのようになっている部分に関しては、例えば、こんな感じの対処方法があります。
・記憶を客観的に思い出す。人に話したり、何かに書いたりするして吐き出す。
・イメージや類似体験を使って、トラウマで出てくる感情に慣れる。
こういった手段を使ってやりたいこととしては、頭の中でその出来事を重く扱っている状態から、徐々にその重みを軽くしていく、という感じです。

ただ、もし自分の中で、その出来事に対して執着のようなものがあり、もう絶対に同じことは体験したくない、といった、強い想いがあるような場合は、その出来事の重みを軽くしていく、ということ自体に抵抗感が出てくるものかもしれません。


恋愛関係の中では、感情を感じさせてくれるような出来事がたくさんおきます。そこで感じる感情には、ポジティブなものもあれば、ネガティブなものもありますが、そこには、自分の心理面の課題のようなものが出てきます。例えば、自分を犠牲にして相手から愛情を得ようとする癖があるけど、その犠牲は手放した方がいいよ、といった課題があるような人の場合、彼から都合のいい女のように扱われてしまう、という前回書いたような記事のようなことがあったりします。

心の中でトラウマとなっているような出来事に関しても、同じことが言えます。とても深く傷つくような出来事の中に、自分の心理的な課題と言える部分があるとしたら、そこにはどんなものがあると思えるでしょうか?

人が抱える心理的な課題には様々なものがありますので、これだ!、というものをここに1つあげるのはちょっと難しいのですが、もし、タイトルに書いたような、彼を信じきれない、という状態であれば、相手を信頼する、とか、自分を信頼する、ということに関して、課題のようなものがある可能性があります。

例えば、昔好きだった人が何か問題のようなものを抱えていて、それを見たときに、彼のことや自分のことや、2人の将来のことなどに関して自分が不安を感じて、相手や自分を信頼できないような感覚になり、それが発端でトラウマとなるような出来事がおきた、とか。

例えば、自分を信頼できなくて、相手からそのことを厳しく指摘されるような出来事が繰り返されていくうちに、それが発端でトラウマとなるような大きな喧嘩がおきた、とか。

これらはあくまで例として書いたもので、具体例を掘り下げるとちょっと脇道にそれる感じがしたので、ぼやけた感じで書いたのですが、自分の場合には、どういったものがあるだろうか、ということを思い巡らせる時のヒントになれば、と思います。

こういった心理的な課題、というのは、形を変えて、何度もその人の前に出来事として現れてくる傾向があります。そのため、クリアしない限り、似たようなことが繰り返される可能性があります。

私っていっつも、恋愛でこういうパターンにはまる、、、、自分にはなんの問題もないつもりなのに、なぜか、私だけひどい目にあう、、、、という感じがしている人の場合は、そこに本当は気づいている自分自身の課題のようなものが眠っていて、それがクリアされていないために、似たようなことが繰り返される、という感じになっています。

トラウマとなるような出来事に関しては、相手が悪い、とか、相手に問題がある、と思えるものですが、そこをあえて、自分にも至らなかった点はないだろうか、という風に考えてみた方が良いです。相手の問題を掘り下げても、腹が立つだけです。相手を変えることは基本的にはできないので、相手の問題は掘り下げれば掘り下げるほど、虚しくなります。相手の問題を見ている時、そのトラウマを作り出しているネガティブな感情に繰り返し浸ってしまうことにもなりがちです。

ただ、もし、その出来事の中から、自分の心理的な課題を見つけることができるとしたら、次のステップが見えてきます。その課題をクリアできる自分を受け取ることができたら、同じような出来事を回避するようなことができたり、似たような出来事が起きても対処できる可能性を感じることができるようになります。

大切なことは、そのトラウマの原因となった記憶に執着して、二度と同じことが起きないように警戒することではないです。その執着と警戒には、それ相応のエネルギーが浪費されますし、そこで疲れ切ってしまうこともあります。それが嫌すぎて、もう恋愛なんてしたくない、とか思えてくることもあるかもしれませんが、できれば、そのエネルギーは自分の心理的な課題を見つけることや、その課題をクリアすることに使った方が良いです。


課題を見つけるためのもう一つのヒントとして、そのトラウマとなった感情について、幼少期の体験で同じような感情を感じたことがあれば、それが、その感情のルーツになっている、というものがあります。自分が小さい頃に体験したことで癒しが求められているような部分というのは、大人になってからもう一度その感情を再体験する、ということがあり、カウンセリングの場面でも、そういった記憶がないか聴かせてもらうことがあります。

よくあるのは、小さい頃、両親との間でのやり取りで深く傷ついた出来事が、形を変えて彼との間で起こる、というものです。その場合、心の中で自分の幼い頃のことをイメージしてもらって、その幼い自分にしてあげたいことを大人の自分がしてあげたり、かけてもらいたかった言葉をかけてあげたり、抱きしめてあげる、といったことをイメージの中ですることを通して、傷ついている子供の部分に対する癒しをカウンセリングの場面では行うことがあります。やったことがないと、どういう感じになるのかわかりにくいかもしれませんが、こういったことで傷ついている部分に対するケアを行うことで、その体験に対する印象や解釈のようなものを自分の中で変えることができた時、今、現実の中で起こっている出来事や彼との関係性の中で自分が受け取るものを変えていくことができます。


どうしても、そのトラウマになっている感情に対する執着のようなものがあって、その記憶にとらわれてしまう、という場合には、執着を手放す、ということが大切です。やり方は色々あるのですが、ひとつ方法を紹介すると、以下のようなものがあります。

自分自身に以下の1〜3を順番に問いかけてみてください。答えは、はい、いいえ、のどちらかでいいです。
1「その執着は手放せますか?」
2「その執着を手放しますか?」
3「いつ、その執着を手放しますか?」

その答えは、ポジティブなものでも、ネガティブなもの、でも構わないです。1度やるだけではなく、何回か繰り返していくことで、だんだん、執着が軽くなっていく感覚がでてきたら、効果あり、です。


恋愛の中では、自分の心を揺さぶられるような様々な出来事がおきます。中にはトラウマとなるような強い感情を感じることもありますが、乗り越えることができた時に、受け取れるものは大きいです。恋愛の中で、何か行き詰まるようなことがあった時に、ここに書いたことを少しでも役立ててもらうなら幸いです。

 

地雷を踏まれてムカついた時

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自分の中で地雷のようなものって何かありますでしょうか?
そこを突かれると、ぷっちーんときてしまうものだったり、いくら好きな人でもそれをされると許せない気持ちになる、といった感じのものです。恋人や夫婦関係など、ごくごく身近な間同士でも、なんでも言い合えるからか、こういった地雷を踏まれてしまう、ということもあったりするかも、と思っていますが、みなさんいかがでしょうか?

例えば、彼が他の女性に優しくしているように見えたり、何か嫉妬を感じさせるようなことをされたら、彼のことを許せなくなる、なんていう人もいらっしゃるかもしれません。彼の方から、価値観を押し付けられるようなことがを言われるのが一番腹がたつ、という方もいらっしゃるかもしれません。自分には自分の考えがあるのに、一方的に彼の考えや価値観を主張されると、もう本当にうんざりして口をききたくなくなる、といった感じの方もいらっしゃるかもしれません。人によって、何をされると一番嫌か、というのは色々あるとは思いますが、他にも例をあげるとこんな感じです。
・自分が気にしていることを指摘されたり、上から目線でダメ出しされたりする。
・冗談で悪口を言ったり、やられたら嫌なノリや悪ふざけのようなことをされる。
・嘘をつかれる。約束したことを裏切られる。
・自分のことをほっとかれて、あちらの母親や家族の方を優先される。

例として書いたものは、そんなことされたら誰でも嫌だろうなって思うようなことをあげてはいます。ただ、それがどのくらい嫌で、どのくらい許せないと思うのかには個人差があります。何か嫌なことをされた時に、それが本当に許せなくて、もう相手のことを受け付けられなくなる、と言った過剰反応をしてしまうようなものは、地雷、と言って良いかもしれません。

自分が思い起こせることで、今付き合っている彼や彼女や旦那様や奥様とでも、過去のそう言った人達とでも、やり取りがある中で深く傷ついたと思えるような経験で、ああ、あれは自分にとって地雷だったな、と思えるような出来事はありますでしょうか?
今、まさに踏まれたところだよ! という方も、もしかしたら、これを読んでいる中にいらっしゃるかもしれません。


かっちーん、ときている時には、そんなもの踏む相手が悪い、としか思えないですし、なぜそれがダメなのかがわからない相手のことを、すごく心の中で批判すると思います。相手が地雷を踏まないようにするべき、としか思えない気分になりますが、ここでもし、地雷が爆発して自分が痛い目に合わないようにするために、自分にもできることがあるとしたら、やって見たいと思えるでしょうか?

いい悪いの話をするのであれば、悪いのは地雷を踏んだ人、かもしれません。ただ、今後こういうことが起きて、自分が痛い目に合わないための一手として、自分にできることがあるとしたら、やってみる価値はないでしょうか?
地雷を踏まれるわけですから、自分が受けるダメージはかなり大きいと思います。その軽減のためにも、やれることはできればしておく、というのがおすすめです。


やっておいた方がいいことの一つは、あなたの地雷を踏んだ彼や彼女とコミュニケーションをする、というものです。悪意があってわざと地雷を踏んでくるのであれば問題外なのですが、それが地雷になるということを相手が理解できてなくて、誤爆してしまう、ということは往々にしてあります。地雷を踏まれた時に、ぷっちーんと来て相手に感情をぶつけたはいいものの、なんであなたかそんなに怒っているのかを相手が理解できていないと、また踏まれるかもしれません。

相手のダメなところを責めるというより、自分が何を感じたのかをシェアする方が良いです。怒りながらダメ出しをするようなやり方の場合、相手が自己防衛に走って、こちらの話をちゃんと聞けない状態になることがありますが、自分が何を感じたのかを素直にシェアするのであれば、それと比べたら、グッと話は伝わりやすくなります。どんなことをされると、自分がどう感じるものなのかを、相手に伝えてあげてあげてください。


やれることとして、もっとおすすめなのは、地雷の扱い方を変える、というものです。地雷を踏まれてムカついた、としたら、相手のことを心の中で何かしら責めたと思います。ムカついたことは、自分の中で許せないタブーのようになっていますので、自分は絶対にやらない、という内容だとは思いますが、その相手を責めている内容に関して、少し角度を変えて、ちょっと相手がやったことほどひどくはないけれども、似たようなことで、自分もやってしまっていたり、できていないような部分はないでしょうか?

怒り、というのは、自分が弱い部分をガードするために、その弱点から出てくる感情に蓋をするために出てくるものです。怒っている人というのは、パッと見て怖かったり、何か強そうな感じもある意味するかもしれませんが、その実態は、弱い部分や未成熟な部分をガードしているだけです。

相手に対して、かっちーん、と来ていることの裏側に、自分自身がどうしても守りたい、弱い部分や未成熟な部分があります。弱い部分や未成熟な部分があることから、本当はできた方がいいのに、できていないことや、本当はやっちゃダメなのに、やってしまっているような、自分でもいまいちだなあ、なんて気づいている部分はないでしょうか?その自分でもいまいちだと思っている内容と、相手を責めている内容って、往々にして、全くイコールではなくても、相手ほどひどくはなくても、実はちょっと似ているかも、なんていうことって結構多いです。

それは今まで後回しにしていたり、避けて来た内容だと思います。ただ、そこをクリアにできた度合いだけ、自分の内面で地雷の扱われ方が変わる、というのは想像できますでしょうか?弱点をつつかれたくないから地雷になっているわけですが、その弱点の部分に関して取り組んで内面が変わると、ガードする必要性が弱くなってくるので、そこが自分にとって地雷と言えるものではなくなっていきます。

ただ、心の大きな痛みというか、何かトラウマのようなものがあって、そこが地雷になっているケースもありますので、その場合は、上に書いたことが、とてもハードな取り組みになってしまうこともあると思います。そういったケースでは、地雷の扱い方を変えることに取り組むというより、その痛みの部分のケアの方が大切です。(この辺りはまた別に記事を書こうと思っています。)


地雷を踏まれてムカついた時の話について、今回は書いて見ました。地雷の扱い方を変える、ということがうまくいった場合は、ただ地雷の撤去ができる、というだけではなく、その地雷があるために、今まで受け取れなかったものが受け取れるようになる、といった、ちょっといいこと、が起こることがあります。地雷を避けるために、今まで自分が避けて来たものを避けなくてよくなったり、苦手だった人がそこまで嫌じゃなくなったり、など、人生に広がりが出てくるような感じです。もし可能なら、ぜひ、取り組んでもらえれば、と思っています。

 

都合のいい女

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恋愛において対等な立場でお付き合いをしているのではなく、男性の方に主導権があるという場合に、男性側が女性側を利用しているような感じになることがあります。男から見て、都合のいい女、みたいになってしまう感じかもしれません。彼のことが好きで、捨てられたくないという想いから、彼女の方が本当はやりたくないことも犠牲的にやってしまっていると、そういった関係性になりやすくなります。

彼に感じられる魅力と、自分の魅力を比較して差が大きいように感じていると、そこを埋め合わせるようなことがしたくなることがあります。例えば、なるべく相手の都合に合わせるようにしたり、金銭的なことは自分が多めに負担したり、性的なことも含めてなるべく彼の要望を嫌でものむ、などです。ここで、自分はあんまり魅力的ではないから、こういうことをしてあげないと関係が持たないような、自分はその程度の女なんだ、と思っていると、自分自身を軽く扱っているのと同じように、彼からも軽く扱われるようになり、相手から見てあまり魅力的ではない女性、になっていきます。

魅力的ではないが、都合はいい、と男性から思われて、そういう扱いが当たり前になると、女性にとっては、あまり歓迎したくないことが起きることもあります。他の女性の存在が見え隠れしたり、犠牲的なことを強要されたり、自分の話をちゃんと聞いてくれなかったり、わけのわからない理屈を押し付けられたり、などです。

ここで重要なのは、その関係性を作り上げたベースには犠牲がある、というところです。自分のことを低く扱って犠牲的なことをすると、そういう関係性を作り上げやすくなります。男性側の問題もあるかもしれませんが、自分を低く扱って犠牲的なことをする傾向が強いと、都合のいい状態を好む男性をひきつけやすくなります。


都合のいい状態を好む男性と付き合いたいわけではないのに、魅力を感じる男性は、そういうタイプばっかりだった、ということもあります。自分の中でも割り切った付き合いのような、お互いにお互いの都合のいい感じで付き合いたい場合には、そういう相手をひきつけやすくなります。実際、本音のところでは、自分もそうしていたいところがあるのなら、それはある意味、自分の望んでいる状態、と言えます。

都合のいい女なんじゃないだろうか、と思い悩んでいたところ、自分にとっても今の状態が実は一番メリットがある、ということは往々にしてあります。よく考えてみたら、自分もこれ以上関係性が進むことを望んでいなかったり、相手のそのありようが、自分にとっても都合がいい、という状態だとしたら、今の状態は、自分が望んでいることから招き寄せられた結果、かもしれません

ただ、もしかしたら、本音のところでは、もっと繋がりたいと思っている部分があったり、もっと愛したいし、愛を重ねていく中で絆を深めていきたいけれども、怖くて前に進めない、という部分もあるかもしれません。次のステップに進んでいきたいけれども、怖いから、あえてそれをしなくても良い相手を選んでしまっていたり、本当は一緒に前に進んでいける相手なんだけれども、怖れがあるために、お互いに前に進まないように足の引っ張り合いをしている、なんてこともあったりします。

本当はどうしていきたいでしょうか?
しばらくは今のままで良いと思うなら、今のままでも良いですし、ただ、本当をいうと、前に進んでいきたいと思えるのなら、次のステップに進むための勇気のようなものを持つことが求められてきます。


お付き合いしている人に、都合のいい女として扱われているようなケースでは、相手を変えようとするのではなく、相手が変わらないとしたら、自分はどうしたいのか、という部分がとても大切です。このまま付き合いたいと思うなら、関係性を維持するようなことはある程度求められてきます。今のままの状態が、維持されるような感じです。

ただ、彼にこだわるのではなく、対等の関係でパートナーシップを組む、ということを心から望むなら、今の彼との関係が維持されるかどうかはおいといて、自分がやってしまっているこのパターン、、、、自分のことを低く扱って犠牲的なことをする、という部分を変えることが求められてきます。

彼が自分のことを都合のいい相手としか思っていない場合、このパターンを変えた後、おそらく彼は離れていきます。離れていくときに彼はあなたにもう一度犠牲をするように言葉巧みに責めてくる可能性が高いですが、その結果は、ある意味では、あなたにとって、彼はその程度の男だった、という証明になります。犠牲をやめるのだとしたら、都合のいい女でないと付き合ってくれないという男性は、あなたにとって、価値が高いと言えるお相手ではないです。

彼に気持ちがある場合、、、、あなたがパターンを変えて、もう犠牲をしてくれない女になっても、付き合いたいと思うような場合なら、あなたがパターンを変えても、彼はあなたの元に残ります。そこでは、対等の関係でパートナーシップを組む可能性がひらけてきます。もし犠牲をやめるのだとしたら、彼との関係性をどう変えていきたいでしょうか?


都合のいい女、というテーマについて、今回は書かせていただきました。いろんなケースがあるので、実際にはお話を伺ってみないと具体的にはどうするのがいいのか、というところは、人によって違ってくると思っています。ただ、自分を低く扱って犠牲をしていると、都合のいいように扱われてしまう、というところは、意識しておいた方が良いかと思い、そこを掘り下げて書きました。自分の中で、彼に対する依存心が強い場合にも、ここに陥りやすくなります。その場合には、彼への依存を手放していくということも、彼との関係性をよりよくするために求められてきます。

自分は、都合のいい女になっていないだろうか?、なんてふと思った時に、ここに書いたことをちょっとでも役立てていただければ、幸いです。

 

信じていた人に裏切られたとき

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人との信頼関係というのはとても大切なものですが、これが壊されたり、相手に裏切られたと感じるような出来事があった場合、もう一度人を信じるということが怖くなってしまうものかもしれません。そのダメージが深い場合には、相手に対して怒りや恨みを強く抱いたり、周囲の人たちに対して心を固く閉ざしたくなる、といったこともあるかもしれません。

一口に裏切りといっても、いろんな状況があると思います。何かお金に関することで、相手に利用されたとしか思えないような体験をした人もいるかもしれません。浮気をされて、異性を信じられなくなった、という人もいるかもしれません。何か約束事を踏みにじられるようなことをされて、窮地に立たされた、という人もいるかもしれません。ここでは相手のことを当てにしていた部分が大きいほどに、裏切られたときのダメージは大きくなりやすいと思います。

正直なところ、裏切った相手の不幸を望む気持ちがでてきたとしても、不思議ではないです。自分がどん底の気分を味わったならば、相手には少なくともそれ以上か、もしくは倍以上にひどい目にあってもらわないと気が済まない、という方もおられるかもしれませんね。人を責める気持ちが出てきているときは、その気持ちを手放した方が自分自身も楽になれる、という法則のようなものはあるのですが、信じていた人から裏切られる、という体験された場合、そのダメージが大きいほどに、手放すという行為がとても難しくなるものだと思います。

裏切りを体験したことで、多くのものを失ってしまったように感じられる場合には、途方に暮れて先のことが考えられなくなって、後悔ばかりしてしまうようなこともあると思います。例えば、結婚を考えていた彼から浮気をされて、最終的に別れを選んだ場合、今まで彼に使った時間を返してほしいと思うこともあるかもしれません。一緒にビジネスをしてきた相手に裏切られて、仕事をまわしていけないような状況に追い込まれた場合には、相手を信じた自分がバカだったと思えるようなこともあるかもしれません。


裏切られたという体験から、怖れや恨みや後悔といった感情への執着が生まれると、心の中がその裏切りの出来事に支配されていきます。この場合、人の中にある愛や価値といったものがとても感じにくくなり、その代わりに、何か虚しさのようなものを感じやすくなります。

その世界観の中で描かれる心象風景は、人の心は冷え切っていて、包み込むような温かみもなく、代わりに、怒りや恨みだけが強烈な熱を発生しているような感じになります。そこにしばらくとどまる続けることも可能なのですが、もし、心の中に形成されたその世界の構造を変えることができるとしたら、変えたいと思えますでしょうか?

裏切りの体験はその世界観を作ったのかもしれません。ただ、実は裏切りが発生する前から、その世界観は自分の心の中で芽を出していた、といったら信じてもらえますでしょうか?その芽が出る前に、あなたの心の大地に、誰かが種を埋めて、そこに様々な出来事が雨のように降り注いで、裏切りの世界がそこに芽吹いた、なんていう言葉は嘘のように思えるでしょうか?

ここで言う種というのは、あなたの奥深くにある思考のことで、その種を大地に埋めたのは、あなた自身、なのだとしたら、裏切りのある世界の構造を変えるために、あなたの心の大地に根を張り巡らせたその雑草を根っこから引き抜くことが求められてきます。あなたは自分の心の大地に、どんな思考の種を埋めたのか?そこには、裏切られる世界の構造を変革させるための、重要なヒントがあります。


といっても、あなたが何か悪いことを考えている、という意味ではないです。自分自身が思考していることは、人生においてどんな体験を自分に引き寄せるか、ということと密接に関わっており、信じていた人から裏切られる、という手痛い体験をしたのならば、今がその思考の棚卸しをするための機会と言えるかもしれない、といった意味です。

思考の中には、意識して思考しているものと、半分無意識のうちに思考しているものがあります。このうち、半分無意識のうちにしているもの、というのは、自分の中では当たり前になっていて、普段思考しているというつもりもないようなものなのですが、この当たり前になっている部分は、自分自身の普段の立ち居振る舞いや、周囲の人に自分が発している雰囲気にといったものに大きな影響を与えています。主に棚卸しが求められてくるのは、こういう半分無意識のうちに考えている、自分の中で当たり前になっているような部分です。

棚卸しをするときにヒントとなるような、自らの問いかけとしては、例えば、以下のようなものがあります。

・自分の中のどんな部分が、自分を裏切るような人を引き寄せたのだと思えるでしょうか? 例えば、今回自分を裏切った人との縁は、どのように自分に訪れたでしょうか?
・相手に対して、やってくれて当たり前だと思っているものがあったとしたら、何でしょうか? (期待は裏切りを呼び込みます)
・本当はやりたくないのに、相手に合わせて犠牲的にふるまっていた部分はなかったでしょうか? もしそうだとしたら、そうしていたのはなぜでしょうか? (犠牲は裏切りを呼び込みます)
・自分が裏切られるよりも前に、相手側が先に、自分に期待を裏切られたと感じていた、という可能性はないでしょうか? もしそうだとしたら、なぜそんな期待を相手はしたのでしょうか? (裏切りは裏切りを呼び込みます)

思考は自分が感じている感情と密接につながっています。自分が相手に対して感じている感情は、今回初めて感じるような感情でしょうか?それとも、昔似たような感情を感じたことで、何か思い起こされるようなことはないでしょうか?自分の心の内側で、未解決になっている部分は、そこをクリアにするために、あえて再体験されるかのような出来事が引き寄せられる、ということがあります。今回の裏切りの体験は、その自分の中で未解決な部分と向き合うために、試練のように出てきた出来事、ということも往々にしてあります。自分の感じている感情とじっくり向き合ってみる、というのも、裏切りを引き寄せた部分が自分の内側にあるとしたら、それは何か、ということに気付くためのきっかけになることがあります。


信じていた人からの裏切りというのは、非常に辛い体験ですし、現実に大きなダメージを受けるものです。乗り越えるのも大変と思えるものですが、ただ、試練とも呼べるような辛い体験の中には、自分自身の器をぐっと大きくするヒントが眠っています。その辛い時期をただやり過ごすのではなく、そこから何かしら得たいというときに、ここに書いたことを少しでも役立てていただけるなら、幸いです。

 

甘ったれな自分

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自分の中の精神的に幼い部分を見て、自分は甘ったれだ、なんてと思うようなことはありますでしょうか?誰しも探せば、どこかしら精神的に未成熟なところを抱えているものかもしれませんが、そこに自己嫌悪のようなものを強く感じているような場合には、自分自身を厳しく罰したい気分になる人もいらっしゃるかもしれません。

例えば、辛い状態から簡単に逃げてしまいがちだったり、何かあったときに自分で解決できずにすぐに人を頼ってしまったり、誰かに依存してしまうような傾向があったり、、、などなど、自分自身の甘さを罰するための切り口は色々とあるものかもしれません。自分へのダメ出しが強いあまりに、自分に自信がない、という人もいらっしゃるかもしれませんね。

身近にその甘さをビシバシと指摘してくる鬼教官のような人がいる場合には、その自己嫌悪は強くなりやすいものかもしれません。いつも同じことを指摘され続けている状況で、かつ、その教官のものの見方に自分が飲み込まれてしまっているような場合には、なんて自分はダメなやつなんだろう、、、という感じで、自分自身に最低の評価をしがちになる、なんてこともあるかもしれません。


こんなとき、じゃあどうしたいか?、という自分なりの想いが最も大切です。もっとお気楽になりたい、という人もいれば、この甘さの部分をなんとかしていきたい、という人もいらっしゃるとは思いますが、もし、自分の中の未成熟な部分を成長させたい、という想いを持つのなら、どういう風に成長したいか、というゴールのようなものが明確にある方が、自分の気持ちを集中させやすいです。

甘さの部分をなんとかしたい、というときに、もし成長できている自分をイメージするとしたら、どんな感じになるでしょうか?
こんな風になれたらいいな、と思える自分自身の姿を思い描いてみてください。真似したいと思える人がいるなら、その要素をそのイメージに取り入れるのもありです。このイメージはできるだけ具体的な方が良いです。

自分にダメ出しをしているときというのは、とてもネガティブな雰囲気になると思います。ただ、自分を責め続けても、そこで立ち止まっているだけで、状況は前に進みません。そのエネルギーを、成長したい、という方向に向けることで、状況をより良い方向に動かしていくことができます。どんな自分になりたいでしょうか?
自分なりにたどり着きたいところを思い描いて、そこにエネルギーを向ける、という風に、この気持ちを切り替えていくことがとても大切です。


この目標のようなものに意識を向けていこうとするときに、それを邪魔するかのように、否定的な思考や感情が出てくることがあります。例えば、そんな風には自分はなれない、とか、そんな風になりたいけれども、正直そんな風になれるとは想像できない、とか、自分には似合わないかもしれない、とか、自分がそうなることを想像したら怖くなってきた、とか、なんだか気持ち悪い、などなど。ゴールに向かいたい気持ちと、そこに向かうことに抵抗するような気持ちが両方心にあるような感じになることがあります。

なりたい自分になろうとしているのに、そこに至るまでにやらなければならないことがあったときに、やりたくない、という気持ちが出てくる、というパターンもあります。辛いことや、苦労があるようなことは、できるだけ避けたいという気持ちが出てくるのは、ある意味本音の部分だとも思います。やらなければならないことって、よくよく見てみると本当にしなければならないことではないこともありえますので、避けれるなら、避けたても良いと思います。とはいえ、絶対にやらなければならないことは、ゴールに向かうためには、腹をくくってやっちゃった方が良いです。やりたくないけど、やらなきゃいけない、という意識で悶々としていると、それだけでパワーを使ってしまいますし、そこを他人から突っつかれることも時にあります。そういう場合は、やっちゃった方が楽です。ただ、どうしても気持ちが乗らない、ということもあると思います。こういうのも、ゴールに向かうことに抵抗する気持ち、の一つです。

目標のようなものを持った時に、いつも必ず目標が達成されるのかと言えば、上手くいくこともあれば、上手くいかないこともあると思います。自分がなりたいと思ったことが、必ずうまくいく、なんていうことがあるとしたら、このゴールに向かうことに抵抗する部分があんまりなかったり、あっとしても、それが弊害にはならなかった、のだと思います。ただ、みんながみんな、そんな風にはならないものなのかもしれません。


もし、この抵抗感を手放すことができるとしたら、目標のようなものにむけて自分のエネルギーを注いでいくことがぐっと楽になるのですが、そのためには、自分の中にどんな抵抗が眠っているかどうかに、目を向けることが求められてきます。

何に抵抗を感じていますでしょうか?
何がイヤでしょうか?
できないような感じがするとしたら、その理由は何でしょうか?

自分なりにその抵抗感を感じる理由を理解しようとしてみてください。ここでは直観を使ってみるのも、お勧めです。上に書いたような問いを自分にしたときに、頭の中にぱっと思いついたことは、ちょっと見当違いに思えるようなことも、よくよく考えてみると、当たっていることが多いです。

抵抗感の理由となっている、自分の内側にある思考を見つけてみてください。例えば、こんな感じです。
・自分を変えないで、結果を出したい。周りが変わればいい。自分を変えるために頑張るようなことはしたくない。
・こんな風に自分を変える、というのは、高望みしすぎ。私には、こんな自分はふさわしくない。
・私には、人として大切な、XXX、が欠けている。だから、こんな取り組みをしても上手くいくわけがない。
・結果がすぐに出ないなら、やりたくない。結果がすぐに出ると思えない。無駄な努力に思える。
・私のことを愛さない、XXX、が悪い。それなのに、私が自分を変える、というのはやっぱり理不尽だ。

ここと向き合うのには、エネルギーがいるかもしれません。見たくない部分かもしれませんが、そこをあえて見てみることで、なぜ、成長することに抵抗を感じていたのか、というのに気付くことができます。

この思考をやめると、抵抗感を手放すことができます。ただ、やめるかやめないかは、自由に選択できることです。やめる、と選択することで、抵抗感を手放して、なりたい自分になるための道が開けてきます。思い切って、その思考を自分の内側から削除する、というくらいの気持ちでも良いかもしれません。

その思考を取り除くときに、代わりに新しい思考を選択してください。といっても、特別な思考になるわけではないです。XXXをしたくなる、という思考をやめて、XXXをする、という思考を選択する。ふさわしくない、という思考をやめて、ふさわしい、という思考にする。そんな感じで、取り除く思考を見た時に、自然と思いつくものを、その代わりになる新しい思考として選択できます。この思考の整理ができると、なりたい自分になる、というプロセスをよりスムーズに進めることができます。


甘ったれな自分、というテーマで今回の記事を書きましたが、なりたい自分になる、とか、成長をブロックしている抵抗感に取り組む、といったことは、甘ったれな自分、というのとは関係なく、いつでも自分自身に使えるツールです。

自分自身と向き合うことは少し大変だなと思うこともあるかもしれませんが、そこにある思考を整理していくことができたときには、もやもやしていたものがすっきりとするかのような、感覚を受け取ることができるものです。

自分の中にある未成熟な部分に取り組みたいと思えるようなときには、ここに書いたことをぜひ役立ててもらえれば幸いです。

 

パートナーに口で勝てない

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夫婦間や恋人同士で言い合いになるようなときに、どちらかがいつも負ける、ということがあります。あんまり良くないケースでは、例えば、何か不満のようなものがあるときに、それを相手に伝えたとしても、上手く切り返されるだけで、結局自分が悪い、みたいな感じになってしまい、何も変わらないというパターンのようなものができてしまうこともあります。これが慢性化すると、言っても無駄なので、相手に何も言いたくなくなる、といった絶望感のようなものがでてくることもあります。

例えば、旦那様の方が理屈っぽくて、奥様の方が感覚や感情面が豊かで、どこかコミュニケーションがかみ合わない部分があるようなときに、奥様の方が言ってくることに対して、旦那様が理詰めで「お前の言っていることは間違っている」という論破をしてくるような場合だと、奥様の方が「この人には何を言っても無駄」と思いやすいかもしれません。

話を聞いてもらってわかってもらいたいだけなのに、なぜかこちらの至らないところを理詰めでねちねちつついてきて、「うまくいかないのはお前に原因がある」とかやられると、話すだけで疲れてしまうものかもしれません。もちろん、直した方がいいところは直した方が良いのかもしれませんが、伝えたかったことはそういうところじゃない、というのがあったとしたら、相手の指摘をありがたい、とはとても思えないかもしれません。それよりも、相手のそういうめんどくさい論破モードをいかに回避するかに、知恵を注ぎたくなるかもしれません。

最初は愛し合って生まれた関係性であっても、こういった絶望感のようなものが出てくると、お互いの関係が何か停滞したような感じになります。コミュニケーションをとっていくなかで、お互いの良い部分を取り入れあったり、一緒に成長していけるような流れがある場合は、お互いの絆は良い意味で深まっていくのですが、相手に何を言っても無駄だ、という感覚が出てくると、パートナーとのつながりを感じにくくなります。例えば、相手からの愛情を感じられなくなったり、自分が相手のことを大切に思っているのかどうかすらもよくわからなくなったりすることも、もしかしたらあるかもしれません。

人間というのはどこかしら完璧ではない部分があり、パートナーシップを組むことで、お互いにケアしあったり、良い意味で影響を与え合って一緒に成長していくことができるものですが、こういったきっかけで、関係性に行き詰まり感が生まれてくることもあったりします。


ここで大切なのは、口で勝てないときに、自分は何を感じているか、という部分です。少し気付きにくいことですが、自分が感じている感情は、実は相手も感じている、という側面があります。なんでわかってくれないんだろう、とか、この人には何を言っても無駄、と感じていたら、実は相手も同じことを感じている、といったことが往々にして起こったりします。

本当はもっとこういう風にしてほしいのにやってくれない、なんていう不満を感じていたら、相手も、もっとこんな風にしてほしんだけどなあ、という不満を感じているかもしれません。私ばかりがいつも頑張っている、向こうは何にもしてくれない、なんて不満を感じていたら、相手は相手で似たようなことを感じているかもしれません。

もし、自分が感じているのと同じ感情を相手も感じているとしたら、どうしたいって思えるでしょうか?
自分だけがネガティブな感情を感じていて、自分ばかりが苦しい想いや損をしていると思うと、何もやりたくないし、相手とただただ距離をとりたいと思うものかもしれません。ただ、もし、相手も自分と同じように感じているとしたら、そこで何かつながりのようなものは感じられないでしょうか?

パートナーを変に上に見たり、下に見たりせずに、対等の関係である、という風に考えてみてください。関係性になにか行き詰まりが生まれているようなときに、それを相手のせいにすることは簡単かもしれませんが、お互いがそこに持ち込んでいるものが影響して結果的に行き詰まりが生まれているので、そこには何かしら、お互い様、と言えるような部分があります。パートナーとの間で起こった問題はどちらかに責任があるというものではなく、一緒に作り上げてしまっていたもの、というような、ものの見方をすることもできます。もし、そういう考え方にも一理あると思えるとしたら、問題が起きる前にできたことや、問題が起こった後にできることはなかったでしょうか?


もし、パートナーとの間にある行き詰まりを解消していきたいと思えるなら、自分がやってもらいたいと思うことを、まずは自分から相手に与える、というのが、その行き詰まりを解消していくことにつながっていきます。

自分のことをわかってもらいたいとしたら、自分が相手を理解する、ということをやっていきます。例えば、話を聞いてあげたり、耳を傾けたり、相手の価値観に寄り添うなどなど。もっと××してもらいたい、と思うような部分に関して、不満を抱いて相手を責める代わりに、自分が相手に××してあげれる部分はないだろうか、というのを考えて、無理のない範囲で、犠牲をしない程度に実践していくという感じです。

実際にそんなことをやってみて、そんなことができる自分自身をほめてあげるのも良いと思います。そこでは、喜んで相手に与える自分自身を感じることができますし、そこで相手とのつながりを感じることができます。

自分が感じていることは、相手も感じている、という側面がありますが、この、自分自身が相手に喜んで与えているということや、つながりを感じている、という感情の部分に、相手が共鳴しやすくなります。ここで、相手が実際に何かしらわかる形で、向こうから何か与えるような行動がでてくると、お互いに与えて受け取りあう流れが生まれ、それは2人の絆を深めていくことにつながっていきます。


口で勝てないとき、とても悔しい想いをするかもしれませんし、なんとか相手をやり込めたいと思うものかもしれません。もちろん、テクニック的なことを何か覚えて、策を弄して何か相手に返す、ということにトライしてみてもよいかもしれませんし、それで、一方的にやり込められていた関係性がなにか変わるかもしれません。ただ、本当に大切なことは、自分が相手に対して何を感じているか、という部分です。

そこには、パートナーとの間にある停滞感を変えていくためのヒントが眠っています。もし、パートナーとのコミュニケーションに行き詰まりを感じているような部分がある場合は、その自分の気持ちの部分にじっくりと向き合ってみてくださいませ。