心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

パートナーに不満があるときのコミュニケーション

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自分のパートナーに溜め込んでいた不満や怒りを爆発させたことはあるでしょうか?
キレてしまってものすごくパートナーのことを責めた後に、そのことで自己嫌悪に陥ったようなことはあるでしょうか?

コミュニケーションがうまくいかなくて、なかなか自分の言いたいことや自分の気持ちの部分をわかってもらえないことがあると、そこから不満のようなものが積み重なっていくことも、ときとしてあるものかもしれません。そこで我慢できなくなって相手の前でキレてしまったり、不機嫌はまま塞ぎ込んでしまったり、人によっては、この相手には言っても無駄だと諦めてしまう方もおられるかもしれません。

パートナーのどんな部分に問題があると思えたでしょうか?
変えて欲しいところがあったとしたら、どんな部分でしょうか?
コミュニケーションを重ねて行くことで、そういったところを一緒に解決して行くことができると良いですが、なかなかそうもいかないことも多いものかもしれません。


視点を変えて、1つチェックしてみてほしいことがあります。心の中で誰かを責めている時というのは、自分を正当化をしたくなる気持ちの下に、実は自分自身を責めているような部分が隠れていることがあるのですが、パートナーを責めていることに関して、それが自分にも当てはまるような部分はあるでしょうか?

怒りが少しおさまってきて落ち着いたようなタイミングで、相手に問題はあるとして、自分はどうなんだろうか、という視点で見てみると、また違った気づきを受け取れることがあります。
相手に問題があるのであって自分は絶対に悪くないと思える部分はさておき、相手ばかりが悪いとも言い切れない、まるでブーメランのように自分にも戻ってくるものはあるでしょうか?

パートナーを心の中で責めている内容をチェックしてみて、ちょっと見方や視点を変えたら、その内容が自分自身にも跳ね返ってくるようなところは、ある意味では、自分にとっての課題といえるものかもしれません。


例えば、犠牲をしているような部分はあるでしょうか?
相手のためを思って頑張りすぎていたり、相手に合わせるために無理をしているようなところはあるでしょうか?
こちらが相手に配慮していることに対して、感謝の言葉があったり、相手からも配慮されるようなことがあれば良いのですが、自分ばかりが負担をしているような感じだと、不満が溜まってくるかもしれません。こちらが負担していることを相手が当たり前に思っていたり、それについて何にも考えていなかったりすると、不満や怒りがでてくることもあると思います。ただ、相手からの愛情が欲しくて無理をしている部分があったり、いい人でありたいがために犠牲的に振舞っているような部分があるのなら、それはもしかしたら、相手からの感謝や配慮がないことが問題というよりも、犠牲をしていること自体に課題感があるのかもしれません。
自分がしている犠牲的な行為や振る舞いが何かしらあるとして、その中で手放した方がよさそうなものはあるでしょうか?
そんな部分を見つめてみても良いかもしれません。


例えば、日頃からいいたいことを溜め込むようなところはあるでしょうか?
溜め込んで一気に爆発させるのではなく、言いたいことがあるのなら文句ととらえられるような言い方ではなく、変えて欲しいところを優しく伝えられるようにできた方がよいのかもしれません。日頃はあまり言わないように自分を抑え込んでいて、気持ちに余裕がなくなっていっぱいいっぱいになったときに、怒りとともに不満を相手に一気にぶつけるようなやり方で、相手を責め立てるようなコミュニケーションのやり方になっているかもしれません。


例えば、自分が相手にわかってもらっていないだけではなく、もしかしたら、自分も相手のことをよく理解できていないかもしれません。パートナーによっては、こちらに対して、やって欲しいことや不満などをほとんど口にすることがないけれど、実は言わないだけで色々思っていることがある、というタイプの方もおられます。細かいことをあんまり言いたくなくて黙っているだけで、実はこちらの知らない事情を相手が抱えていることもあります。感じている感情や気持ちの部分を表現することが苦手なタイプのパートナーの場合、うまく伝えらって来ていないだけで、実際にはこちらのことを色々と想ってくれている、ということもあります。ひょっとしたら、自分がいっぱいいっぱいで、パートナーのことがあんまり見えていなくあまりに、パートナーからいろんなサインは出ていたけれども、自分が見逃していた、ということもあるかもしれません。コミュニケーションをするときに、自分が抱えている不満を相手にわかってもらう、という前に、相手のことを理解する、ということも大切にしてみてください。どう言ったら相手に伝わるのだろうか、とか、どう言ったら耳を傾けてもらいやすいだろうか、ということも相手への理解なしには見えてこないです。


例えば、パートナーのことを信頼するのではなく、疑いの気持ちでみている部分があるかもしれません。疑いがあるところにネガティブな感情を感じやすくなっていて、パートナーを束縛したり、コントロールしたくなる気持ちが芽生えてきて、そこに不満がでてきていることもあるかもしれません。


自分の中にある不満の部分と、不満が生まれるような状況を自分がおびき寄せているようなところがあるなら、その部分を振り返ってみること。そこで気づけたことの中には、自分を変えて行くことが求められるところもあれば、パートナーに相談して一緒に変えて行った方がよいところもあるかもしれません。

相手を変えることは難しいですが、自分を変えることはできます。自分が前に進んで行く選択をしたときに、そこにパートナーを巻き込んで行くことができます。不満や怒りの中にあるパートナーシップの課題を解消していくために、あなたがリーダーシップをとってみてください。

パートナーが先に変わるんだったら、自分も頑張ってあげてもいいよ、と言いたくなることもあるかもしれません。ただ、先に相手にやらせようとした場合、相手からの反発や反撃がかえってくることがあったり、そこで怒りをぶつけ合うような非常に疲れるやりとりに終始する展開になってしまうことがあります。お先にどうぞと譲り合った結果、どちらもやらないので何も前に進まない、という展開になることもあります。

パートナーシップの中で不満があるときに大切なのは、自分ができることはするということと、コミュニケーションをする時に、相手のことを理解してから自分のことを理解してもらう、という部分です。不満があるときはどうしても、相手の問題を見つけたくなりますし、そこに文句の一つもいいたくなるかもしれません。ただ、重要なのは、相手にどうしてもらいたいか、ではなく、自分がどうしたいか、です。自分の望む関係性になるように、パートナーを一緒にそこに連れて行くことができるように、主体的に動いてみてください。

 

パートナーの過去の恋人を意識してしまうとき

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パートナーの過去の恋人に対して、競争心や劣等感のようなものを感じたことはあるでしょうか?
パートナーが自分に対して愛情表現をしてくれていても、過去の恋人と自分自身を比較してしまって、もやもやした気持ちを抱えてしまうようなことはあるでしょうか?

過去を変えることはできないとわかってはいても、なんとなく、パートナーの影にちらちらと過去の恋人の姿を感じてしまうとして、そこにネガティブな感情を感じてしまうとしたら、十分にパートナーからの愛情を受け取ることができなかったり、ときにパートナーに対して疑いのような気持ちをぶつけたくなることもあるかもしれません。過去の恋人と自分との違いを探したくなったり、パートナーにそのことを問い詰めたくなったり、あえてパートナーが嫌がるようなことをふっかけて、気持ちを試してしまいたくなるようなこともあるかもしれません。

パートナーのことが大好きで、この関係性を大切にしていきたいとは思っていても、このことで心が不安定になることが多いとしたら、この競争心や劣等感のようなものをなんとかしていきたいと思われる方もいらっしゃるかもしれません。


パートナーの過去の恋人を意識してしまうとき、つまらないことにひっかかっている自分がダメなのかもしれない、という気持ちを抱くこともあるかもしれません。本当は、もっとパートナーのことを信頼してあげられることができたり、もっと素直に愛情を受け取ることができた方が良いのかもしれないと思いつつも、そうできていない自分のことを責めたくなる気持ちがでてくることもあるかもしれません。

過去は変えられないですし、パートナーの心の中を思うようにコントロールすることもできないということはわかってはいても、どうしても、パートナーの過去の部分に感情が引っ張られてしまうのだとしても、変えることができるのはパートナーではなく、あくまで自分自身だとしたら、自分の中にあるモヤモヤした部分や弱さを感じる部分をなんとかしていきたい、と思えるものかもしれません。


パートナーシップは、私たちに成長することを求めてきます。愛する人との関係性の中で、お互いの弱い部分や心の痛みが、様々な形で幸せを受け取って行く上で壁のようなものとなって表に出てきて、ときにそれを乗り越えて行くために、自分の気持ちを試されているかのような状況に追い込まれることもあります。愛する人と一緒に成長して行くためのプロセスがそこにはあり、壁を乗り越えて行くことができたときに、成長するのに合わせて、愛する人との絆を強めて行くことができます。

プロセスを信頼してください。今目の前に見えている苦しみのようなものも、あなた自身にそこを乗り越えられるだけの力があるから、表にでてきているものなのだとしたら、自分自身を信頼することや、パートナーを信頼することが大切になってきます。

競争心や劣等感を手放すことができている自分自身を想像して見てください。もし、過去の恋人を意識することなく、ただ素直にパートナーからの愛情を受け取ることができるとしたら、そんな自分自身を心の中でイメージして見た時に、そんな自分がパートナーと一緒に過ごしているのを今心の中で想像してみるとしたら、どんな感じがするでしょうか?

今よりも楽で、自由な感じがするかもしれません。人によっては、怖さや不安のようなものを感じたり、手放せていることをうまくイメージできないこともあるかもしれません。ただ単純に、そんな風になれたらいいな、と素直に思える方もおられるかもしれません。あなたは、どんな風に感じたでしょうか?


競争心や劣等感を作り出している自分自身の思考にはどんなものがあるのかを見つめてみてください。例えば、自分自身の魅力的ではない部分にダメ出しをしているような思考や、パートナーの過去の恋人たちに対するネガティブな想いや、過去の恋人とパートナーが過ごした時間に対してのネガティブな思考があるかもしれません。例えば、過去の恋人たちに対して自分が負けていたり劣っていると判断しているような思考や、パートナーの弱さや甘さなど、ダメな部分を責めるような思考もあるかもしれません。自分の中に、どんな思考があるのかを見つめてみてください。

その思考は、自分自身を信頼することや、パートナーを信頼することよりも、優先するべき思考でしょうか?
確かに、それらの思考には説得力のようなものがあるように感じられるかもしれません。誰か他の人に話した時に、共感をもらえるようなものもあると思います。ただ、今それらの思考は、素直にパートナーからの愛情を受け取ることや、シンプルにパートナーや自分自身を信頼することを、どちらかというと邪魔するかのような思考になっているかもしれません。

自分自身が前に進むために、手放して良いと思える思考を手放してあげてください。思考を手放す代わりに、今までその思考に向けていた自分自身の意識やエネルギーを、自分自身を信頼することや、パートナーを信頼することに向けて見てください。


パートナーの過去へのこだわりを手放してみてください。そのこだわりよりも、今あなたの価値や魅力の部分をみてくれているパートナーからの愛情を受け取ることを優先してください。パートナーから愛されている感覚やパートナーと一緒に過ごせる時間を幸せに感じる感覚を十分に受け取ることを邪魔している、そのこだわりやそのこだわりを作り出しているあなた自身の思考に対する執着を手放してあげてください。

執着を手放す代わりに、自分自身を信頼することや、パートナーを信頼すること、成長して行くためのプロセスを信頼することを選択すること。それができたときに、今よりももっと楽さや自由さを感じることができます。


パートナーの過去の恋人を意識してしまうときに、押さえておいてもらいたいポイントを書きました。信頼するというのは、とてもシンプルなことで、執着を手放すというのもまた、とてもシンプルなことですが、実践するのが難しい、という類のことかもしれません。ただ、パートナーの過去がどうしても気になってしまうというときに重要になってくるのは、このあたりのことかと思います。
ここに書いたことで、何かお役に立つことがあるのなら、幸いです。

 

距離感を感じるパートナー

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付き合っている者同士、相性が良いこともあればいまいちなこともあり、パートナーシップにもいろんな形はあるものかもしれませんが、仲は良いけれども一緒にいる時間があまり盛り上がらなくて、相手が楽しんでいるのかどうかよくわからない、という感じになるケースもあると思っています。お互いに気をつかっていてまだ自分を出し切れていない部分があったり、共通点があんまり多くなくて話が盛り上がらなかったり、という感じです。お友達という訳ではなくて付き合ってはいるのですが、パートナーに対してなんとなく距離感があるような感じ、といっても良いかもしれません。

そういう関係性の場合、もしかしたら合わないのではないか、という不安感を感じたり、もっと仲良くなっていきたいと思ってはいるものの、どうやったらいいのかわからない、と感じたりすることもあるかもしれません。もしそんな風に、パートナーに距離感を感じているよう状態になった場合、ちょっとチェックしてもらいたきポイントがあります。


自分から近づく、ということに怖れを感じていたり、ある程度、距離感を保った状態での関係性を自分自身も望んでいるようなところはあるでしょうか?
今の状態に不安感を抱くようなところはあるものの、距離感があることで、ある意味ではあなたにとってメリットといえる部分はあるでしょうか?
親密感に怖れがある場合、あんまり近寄ってこられるのも困る、ということがあったり、自分から近づいていくのにも抵抗が出ることもあると思います。居心地のよい距離感というのは人によって違いますし、べったりの距離感よりも少し間がある方が落ち着く、ということもあるかもしれません。

ただ、今よりももう少し距離感を近づけたいと思えるのであれば、自分から近づく、ということが大切になってきます。腹の探り合いのようになったり、相手の方からもう少しオープンになってくれることを望むというよりも、今の関係性に不安感があるのなら、自分からオープンにしていくということや、自分から近づいていくということが求められてきます。


自分から近づいていくために、パートナーとの関係性の中で、もう少しありのままの自分を出してみてください。パートナーに対して、一歩、自己開示をしてみてください。気を使って出せていない自分自身の姿や、話せていない自分自身の内面があるのなら、それをパートナーに見せてあげてください。あなたにとって、パートナーに距離感を感じているということは、パートナーのことがよくわからならい、という部分もあるかと思います。もっとパートナーにオープンになってもらいたいという想いを抱くのなら、まずはあなたから、オープンにしていくための一歩を踏み出してみてください。

あなたがオープンになったときに、パートナーから反応があると思います。あなたがオープンにした部分に対して受け入れてくれたり、少し嫌な顔をしたり、あるいは、パートナーからまだ見せてくれたことのない一面を見せてくれたりなど。その反応を見ることで、あなた自身もまたパートナーのことを一歩理解できます。こういうのOKなんだな、とか。こういうの嫌なんだな、とか、こうしたらこんな反応をしてくれる人なんだな、など。これを繰り返していくことで、お互いがお互いをより理解できるようになり、距離感が近づいていきます。

あなたから、近づいてください。どちらかというと最初の一歩を踏み出す方が精神的な負担はあり、この一歩をパートナーからしてもらった方があなたは楽かもしれません。最初の一歩を踏み出しているのが自分だと、自分ばかりが頑張っているような気分にもなるものかもしれません。ただ、不安感があって、この関係性をもう少し仲の良い状態にしていきたいとあなたが望むのであれば、あなたから、一歩を踏み出してあげてください。


パートナーのことをもっと理解しようとしてみてください。例えば、どんな質問をしたら、どんな風にたずねたら、相手は自分のことを話しやすいでしょうか?
質問した時にも、相手から反応があると思います。すらすらと答えてくれたり、むしろよくぞ聞いてくれたとノリノリで話してくれたり、きかれること自体がちょっと嫌そうだったり、答えにくそうにはしているけれども嫌というわけではなくて、どう答えたらいいのか考えながら話してくれる感じだったり、なんでそんなことを聞くのか、こちらの反応をうかがってくるような感じだったり、その反応には色々あると思います。そういう部分もよく見てあげてください。そこに好き嫌いや趣向や傾向や、その人がどういう人なのかを示すものも含まれています。パートナーのことをよく見てあげてください。理解できた度合いだけ、一歩あなたからパートナーに近づくことができます。


相手を変えようとしたり、自分に合わさせようとするのではなく、なるべく相手のペースや雰囲気、相手のスタイルや好みに同調できるところは同調してあげてください。そのためには、自分の理解したいように相手を理解しようとするのではなく、なるべく、相手のありのままの姿を理解して、そのままを受け入れてあげることが大切です。自分と相手が同調している状態ができると、自分が相手に合わせるだけではなく、相手も自分に自然と合わせてくる感じになり、距離感を近づけて行きやすくなります。

相手と話をするときには相手の話を聞く、という部分が大切です。自分がいかに面白い話をするか、ということよりも、話の中でいかに相手を主役にしてあげるか、ということができた方が満足感を与えやすいです。相手のタイプにもよりますが、話の優先順位は基本的に、自分は2番で相手が1番、と意識するくらいでちょうどいいかもしれません。面白い話をして相手を喜ばせようとするのもいいかもしれませんが、それよりも、相手が話したい話を聞いてあげる方が相手から満足感を引き出しやすいです。ただ聞いているだけではなく、話をよく覚えておく、ということがポイントです。例えば、前回相手が話していたことをよく覚えておいて、次話すときにその話を聞く、ということができると、話題が盛り上がりやすいです。「この前言ってたあれって、どうなったの?」と質問してあげる感じです。話を覚えておいてもらえるということ自体が、相手にとって嬉しいと感じられやすいものだったりします。

話をしていく中で、相手がこだわりを持っているものや、頑張っていること、というのは、特に意識を払って見ておいた方が良いです。それを覚えておいて、その価値を見て、相手に言葉で伝えてあげてみてください。こだわっているものや、頑張っているものを認めてもらえた時、相手は自分の価値を見てくれているということを感じることができ、それは満足感を感じやすい体験になります。ただ、相手をほめるだけではなく、そういうポイントを見てほめるということが大切です。上辺だけのものにならないように、口だけではなく心から自分もその価値を感じてあげてみてください。

パートナーにとって居心地のよい空間を作っていくこと。あなたからパートナーにその部分を与えていくということができた度合いだけ、2人の間の距離感を近づけていきやすくなります。


パートナーとの間に距離感を感じる時は、あなたから近づいてあげてください。自分からパートナーに近づいていくために、自己開示していくこと、理解していくこと、受容して同調して居心地のよい空間を作っていくことにトライしてみてください。急激に何か距離を詰めるようなことをしようとするというより、一歩一歩少しずつパートナーのことをよく見ながら、近づいてあげてください。お互いにとって居心地のよい距離感となるよう、パートナーと歩調を合わせて、少しずつ絆を育てていくこと。そのために、あなたが勇気をもって最初の一歩を踏み出して見てくださいませ。

 

親に対して抱いている怒りを手放したい時

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親に対して怒りや恨みのようなものを抱いている方のなかで、もし、これを消すことができるのなら、なんて思ったことのある方はおられるでしょうか?
過去に親にされたことで強い怒りや恨みを抱いていることが、今現在によくない影響を及ぼしているように感じて、もし、この部分を手放すことができるのなら、と思ったことのある方はおられるでしょうか?

様々は親子関係があると思いますし、人によって親に対して抱いている感情にも様々なものがあると思います。大人になるまでの過程の中で、私たちは親など自分を育ててくれた人たちから色んな影響を受けることになりますが、その中でもストレスを感じることが多かったり、強い恨みを感じるような体験をしてきたのであれば、相手に対して、許せない、という強い想いを抱くことも、ときにあるものかもしれません。

「こんな親じゃなければ私はもっと幸せな人生を送れた」と親を責めたくなることもあるかもしれません。親のことを反面教師のように扱って、私は絶対にあんな風にはならない、と強く思うこともあるかもしれません。ただ、親と似たような性質を自分も持っていることに強い自己嫌悪を感じたり、子供との関係性の中で、親と同じようなことを自分がしてしまっているのに気づいて、落ち込むようなこともあるかもしれません。

過去の延長線上に今現在があり、今ここに生きていることが過去に多少なりとも影響を受けているとしても、もし、過去に対して抱いているネガティブな感情が、今現在を生きる上で何かしら重荷のようになっていて、そこを手放すことができた方が楽になれる、なんて感じることもときにあると思っています。人によっては、そこでできることなら抵抗感はあるものの、過去を水に流す、という感じのことができた方がよいように感じていらっしゃる方もおられるのではないかな、と思っています。


親に対して抱えている怒りや恨み。そこに対して許せないという想いを抱いているがために、行き詰まりを感じているような部分はあるでしょうか?
親への攻撃性を心に抱えていると、親以外の関係性で行き詰まる部分が出てきたり、その攻撃性が何らかの形で自分自身に返ってくることがあります。例えば、子供との関係性で行き詰まりを感じることがあったり、仕事やキャリアの面で可能性が狭まってくるように感じることもあります。

親に対して怒りを感じていることは、子供との関係性や、親と関係ないその他のことに直接的には影響しないかもしれません。ただ、私たちの心の中で、親と関係しているように感じたり、何らかの似たような要素がその中に見えたり、良い形で消化できていない部分が自分自身の至らない部分を生み出していたりすることで、物事が行き詰まることも人生の中では出てくることがあります。

自分にとって課題のようなものがそこにあるように思えることもあるかもしれません。


親に責めたくなるようなことはあるとしても、感謝できること、もあるとしたら、何がありそうでしょうか?
育ててくれたこと。何かやってもらって嬉しかったこと。思い出せるものがあるとしたら、どんなものがありそうでしょうか?

心の中で感謝を伝えてみてください。許せないところは色々とあるかもしれません。ダメなところもたくさんあるかもしれません。やらなくていいことをやってきたり、そのためにこちらから関係性を断ち切りたいとおもったこともあったかもしれません。ただ、それでも何かしら感謝できるようなところがあるのなら、少しでも、それを掘り起こして見てください。

相手のためではなく、何よりあなたのために。人に感謝の気持ちを抱くということは、あなた自身の心を豊かにしてくれます。あなた自身のために、感謝を。親との関わり合いのなかで、感謝できることがあるとしたら、どんなものがあったでしょうか?


親への攻撃性を手放そうとしてみてください。すごく嫌かもしれませんが、誰かを心の中で攻撃し続けることは、あなたの心の中に苦しみのようなものを生み出します。誰かを心の中で責めているときに感じるエネルギーと、自分自身を心の中で責めている時に感じるエネルギーは非常に近しいものになります。潜在意識の中では主語が消えます。心の中で「XXXXをする人間は最低だ」という言葉を使って親のことを責めたとしても、その言葉は親以外の自分も含めて全ての人間や物事に当てはまる、といった動きが生み出されます。その攻撃性はまわり回って自分自身にも返ってきます。

親を許さない、という行為は、親を心の中で攻撃するのと同時に、その代償にその攻撃性を抱くがための苦しみを自分自身で背負う、といった世界観を作り出します。親のことを絶対に許さない、という苦行をしつづけることを自らに宣言するようなものです。それで親が変わるのなら、その苦行にも意味はあるのかもしれませんが、基本的に人を変えることはできません。親は変わることなく、あなた自身が苦しむだけ、という結果を生み出します。あるいは、そのあなた自身のなにがしかの力を使って、あなた自身が抱える苦しみに親を巻き込むこともできるのかもしれませんが、人を呪わば穴2つ、ではないですが、その場合あなた自身の苦しみも、おそらく大幅に増えることになります。

親の中にあるダメな部分。ダメなものはダメ、で良いのですが、その苦行の世界観の中に、あなた自身が片足をつっこみ続ける必要はないです。攻撃性を手放す、というのは、その世界観を手放す、ということです。手放すということは、親のダメなところにOKを出す、ということではなく、親を攻撃し続けて自分自身の人生に悪影響が出るのはよろしくないので、そこまではしない、ということです。親がダメな部分を抱えていることで、親の人生にどんな影響がでることになるのかは天にゆだねて、あなたはあなたの人生を生きる。それが、攻撃性を手放す、ということの意味合いです。

親に感謝できることはして、ダメな部分はそれがどんな顛末を親に招きよせることになるかはあなた自身はノータッチで、天にゆだねてみてください。親がダメな部分をかかえていることでひどい目にあうようにする、なんていう汚れ仕事をあなた自身が抱えている、という部分を手放してあげてください。その仕事の差配は天のものです。一人の人間が苦しみながら抱え続けるような性質のものではないです。親のためではなく、あなた自身のために。攻撃性を手放してあげてください。

攻撃性を手放すことに抵抗があるでしょうか?
もしあるのなら、その抵抗感をしばらくの間、ただ感じてあげてください。今までずっと責めてきたんです。抵抗感があるのは当たり前かもしれません。

自分自身にこう問いかけて見てください。問いは3つあります。直感で即答してみてください。
「その抵抗を手放せますか?」
「その抵抗を手放しますか?」
「もし抵抗を手放すとしたら、いつ手放しますか?」
その答えが、NO・NO・永遠に無理、でも全然OKです。何回か繰り返し自問自答してみてください。

全ての人がそうだとは言わないのですが、改めて自分自身に問いかけてみると、YES、が出てくることがあります。もし、そこでYESがでてきたのなら、ラッキーです。次のステップに進んで見てください。次も問いが3つあります。同じく直感で即答してみてください。
「その攻撃性を手放せますか?」
「その攻撃性を手放しますか?」
「もし攻撃性を手放すとしたら、いつ手放しますか?」
もちろん、NO・NO・永遠に無理、でも全然OKです。こちらも何回か繰り返し自問自答してみてください。YESがでてきたらラッキーです。攻撃性を手放すことで、体や心が軽くなることを体験していただけるなら幸いです。


天にゆだねる、なんて書きましたが、天って何?、という話もあるかもしれませんが、そこは人それぞれ信じているものが様々にあるとして、天そのものに対する攻撃性を抱えるケースもあると思います。自分自身が苦しみを感じていること、あるいは、自分以外の誰かが抱えている苦しみをみて、そこにある不条理のようなものに気づいたがために、そんな世界にした天に対して唾を吐くような感じです。この経験がある人、実は結構いるのではないかな、と思っています。

天に唾を吐くと、返ってきて自分自身にべちゃってつきます。この顛末に関しては、親に対する攻撃性よりも、わかりやすいかもしれません。知ってて唾吐いてる人もいらっしゃると思います。

天に対する攻撃性も、もしあるのなら、手放した方が良いです。綺麗事をいうのなら、天に唾を吐くのではなく、自分自身がこうなったら良いのにと思うことは、天の仕事というより、こちらはもしかしたら、あなたの仕事かもしれません。自分にできないことを天にやってもらいたいという気持ちはあるとして、自分にできることは本当に何もないのか、と自問自答してみたら、違う答えがでてくるかもしれません。

こうなった方がいいのに、とあなたが思ったということは、あなたには、今よりも少しよくなっている世界観がちらっと見えている、ということを意味します。ある意味では、今の世界の在りようは、全ての人の同意のもとに作り出されている、という一面があります。天からしたら、ああしろこうしろと、いろんな人が好き勝手思い描いているものをごちゃまぜで調整したら、今現在のところこんなんなりました、というだけで、嫌なら自分たちで調整してくれ、って思っているかもしれません。いや、本当のところがどうなのかは、わからないですけどね。

私が提案したいのは、天に唾を吐くのにもエネルギーがいるので(返ってきてびちゃってなるのを処理するのにもエネルギーがいる)、手放せるなら手放して、余ったエネルギーを自分のやりたいことや好きなことに向けた方が、より豊かで幸せになる、というものです。親に対して攻撃性を抱えている場合、その背後にちらちら見える天に対しても唾を吐いているケースがございます。もし、親に対しての攻撃性を手放すことができるのなら、天に対して唾を吐いている部分もあわせて手放していただいた方が良いかも、なんて思っています。


大切なのは、苦しみを生み出していた過去への執着を自分の中で優先するのか、それとも、今現在をより豊かに幸せに生きることを優先するのか、という部分です。後者を選んで、そのために求められてくる様々なものを手放していくという選択を、できることならしていただければ、と思います。



セドナメソッドについて
「手放せますか?→はい/いいえで答える。手放しますか?→はい/いいえで答える。いつ手放しますか?→答える。」の部分はセドナメソッドを使っています。セドナメソッドについては本も出版されておりますので、興味のある方は読んでみて下さい。

新版 人生を変える一番シンプルな方法―セドナメソッド

新版 人生を変える一番シンプルな方法―セドナメソッド

 

セドナメソッドの公式ホームページは以下のものです。

The Sedona Method | Heal Yourself by Letting Go | Official Site

 

嫌われるようなことをあえてしてしまう

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パートナーに対して自分から嫌われるようなことをあえてした場合、拒絶のようなものが返ってくることもあれば、パートナーにそれを受け入れてもらうこともあると思います。嫌われるようなことをするのには理由があると思いますが、もしそこに、もっと愛されたい、とか、もっと必要としてほしい、という欲求があった場合、嫌われるようなことをあえてして、それを受け入れてもらう、というパターンを繰り返してしまうことがあります。

自分のことがあまり好きになれなくて、パートナーが自分を本当に愛してくれているのか自信がないときに、パートナーをテストするかのように、嫌われるようなことをあえてして、どういう反応をパートナーをするのか確かめる、という感じです。嫌われるようなことをあえてしている最低な自分。それをパートナーが受け入れてくれるのをみて安心することもあれば、拒絶をパートナーが示したのを見て、「やっぱり私は嫌われるんだ」と思ったりすることもあるかもしれません。ただ、それを延々と繰り返していると、パートナーから見たときに面倒な存在、あるいは、重たい存在、となっていくことになります。人によっては恋愛関係だけではなく、友人関係の中でもこのパターンが出てくることがあるかもしれません。

私も過去にこういったことをしたことがあります。心理学を学んでもいたので「ああ、俺やっちゃってるなあ・・・・」と思いながらも、その当時は止められなかった覚えがあります。これを読んでいる方の中でも、もしかしたら、同じようなことをしたことのある方もおられるかもしれませんね。

もし、今ここにはまり込んでしまっておられる方がいたとするのならば、、、、ちょっとチェックしてもらいたいことや、覚えておいてもらいたきことがあります。


自分のことがあまり好きになれなかったり、自分の中でパートナーに愛されるかどうか自信がない、というネガティブな要素を抱えている自分。ある意味では、そこに自分の課題があるようなものなのですが、そこに自分で向かい合うのではなく、パートナーに解決させようとしていないか、ということをチェックしてみても良いかもしれません。

例えば、こんな感じの思考が自分の内側にないか、という部分です。「自分で自分を好きになれないのなら、最低な自分をパートナーに見せつけて、それでも自分のことをパートナーに受け入れてもらえるのなら、私はこの最低な自分を受け入れることができる。」「ひどいことをしてもパートナーがそれを受け入れてくれるのなら、私はその瞬間だけでもパートナーから愛されているということを信じることができる。」「パートナーに愛されるかどうか自信がないのなら、パートナーに愛を証明してもらったらいいんじゃないか?」

嫌われるようなことをあえてしてしまう自分の行動パターンのようなものを、変えたいと願ったことはあるでしょうか?
パートナーにとって、面倒な存在だったり、重たい存在になっているのだとしたら、もうそういうことは止めたいと思ったことはあるでしょうか?
自分の中の不安をパートナーに解消してもらおうとするのではなく、もっと他のやり方や考え方のようなものを身につけていきたいと思ったことはあるでしょうか?
もし、そんな想いがあるのならば、取り組んでもらいたきことがあります。


パートナーシップにコミットすること。コミットというのは、全力で取り組む、といった意味合いの言葉で、必ずやり切ると決意する、とか、本気になる、といった感じのものです。自分が不安を感じることがないような愛し方をパートナーに求めるのではなく、不安を感じている中でも、パートナーを愛するということにコミットすること。

怖れを感じるかもしれません。ただ、それをパートナーに解決させようとするのではなく、怖れを感じている中でもパートナーへの愛を選択していくこと。自分の中にある誰かを愛そうというときに気持ちをブロックしている部分を乗り越えていくことにコミットしてください。

もしかしたら、それはものすごく難しいことのように感じる人もいるかもしれませんし、辛いことのように感じる方もおられるかもしれません。ただ、コミットに必要なのは意志だけです。難しいことを成し遂げる能力のようなものや、辛いことを乗り越えていくための根性のようなものは全然なくても構いません。ただ、決意をするだけです。決意したんだけど、やっぱり怖いとか、コミットしたんだけど、不安は感じる、というのはよくあることですし、そういった部分を抱えていても、今まで怖れや不安があった中からのスタートなので、おかしいことでもなければ、全然不自然なことでもないです。

自分がどうしたいのか、を自分自身に問いかけてみてください。こうしたい、というのが出てきたら、そこにコミットすること。やろうって思ってみてください。なかなか上手くいかなくても、決意が揺らぐようなことがあっても構わないです。気持ちが揺らいだときは、もう一度、自分自身の気持ちに問いかけてみてください。
私、どうしたいんだろう?
確認してみて、こうしたい、というのが自分の中に出てきたら、もう一度コミットする。それを繰り返してみてください。一度、やろうって決めても、また迷いが出てきて、もう一度コミット、というのを繰り返しがあったとするのなら、そこで経験できるのが、実は決めた後の方が楽、という感覚です。自分の中で比較してみるとわかりますが、本当に辛いのは、迷っているとき、自分がどうしたいのかわからないとき、気持ちが揺れているとき、です。決意した後の方が実は楽です。気持ちが揺れていて、自分がどうしたいのかわからないのに、無理やり前に進もうというのは、あんまりおすすめしないです。それは本当に苦行のようになります。やりたくないことを無理やりやっている感じになります。そういうのがお好きな方もおられますし、それで色んなものを乗り越えていかれる方もおられると思いますが、そういうことができなくても全然OKです。迷いがあるときは、どうしたいのかもう一度自分に問いかけて、やっぱりこうしたいな、というのを確かめて、コミットしてください。コミットする瞬間、あるいは、迷いがある中でもコミットすることを選んだときというのは、まだ気持ちが固まっていなくて、ある意味では、今から気持ちを固めようとしているときなので、そのときに辛さを感じることはあると思います。ただ、コミットした後の方が楽になるということを、自分の気持ちが固まっているときの方が物事がスムーズに進むということを、決意した状態で今抱えているものと向き合ったほうが辛くないという感覚を、一度感じてみて欲しいと思っています。


パートナーを愛するという選択をすること。嫌われるようなことをするとき、私たちは自分が愛されているかどうかに意識が向いているのかもしれません。愛されているかどうかに意識を向けているとき、私たちは自分の中の弱い部分や心の中の痛みのようなものを中心にして物事をみているのかもしれません。自分の弱い部分や痛みを感じている部分を守るためにパートナーから愛されているかどうかをテストしたくなって、嫌われるようなことをしてしまっているのかもしれません。ただ、自分の痛みに心を奪われていると、あなたのケアをするのに疲れを感じているパートナーのことが見えなくなってしまいます。自分の痛みではなく、パートナーの痛みに意識を向けてみてください。愛されているかどうかに意識を向けてそこにエネルギーを注ぐのではなく、パートナーを愛するということにエネルギーを注いでみてください。

ただ単純にパートナーを愛することにエネルギーを注ぐ、ということと、愛されるているかどうかチェックすることにエネルギーを注ぐ、ということを比較すると、チェックに意識を向ける方が、どちらかというと苦行です。人間は完璧ではないので、細かくみていけば穴のようなものは出てきます。どれだけあなたのことを愛しているパートナーだったとしても、パートナーの言動を細かく細かくチェックしていけば、そこに自分への愛がないように見受けられるところも、色々と出てきます。愛がない部分に気付いたとき、あなたは傷つくかもしれません。愛がない部分をパートナーに修正させたくなったり、文句を言いたくなるかもしれません。言われたパートナーは、自分の中の愛がある部分ではなく、愛がない部分をクローズアップされてつつかれることに、罪悪感を感じたり、嫌気がさしたりするかもしれません。これは、チェックされる方も、チェックする方も疲れます。愛されているかチェックをするのではなく、ただ愛すること。その方があなたもパートナーも両方楽になれます。


もしかしたら、パートナーシップにコミットする、といっても、パートナーを愛する、といっても、ピンとこない、という方もおられるかもしれません。パートナーに嫌われたくないと思いつつも嫌われるようなことをしてしまう、とか、そんなときに自分の弱い部分を守りたくなってしまう、などという話はわかったとしても、じゃあ、パートナーシップにコミットしましょう、パートナーを愛しましょう、などと言われて、「で、具体的には何をどうすればいいの?」という気持ちになる方もおられるかもしれません。

やることは、パートナーを大切にするということを決意することと、パートナーに愛を与えようとすること、です。愛するといっても何をしたらいいのかわからなかったら、パートナーのことをよく見てあげてください。あなたがしてあげれる事で、何かパートナーの負担が軽くなったり、パートナーを喜ばせてあげることができたり、パートナーが居心地よくなったりすることはあるでしょうか?
そういったことが全然わからないとしたら、たぶん、それだけパートナーのことが見えていないと思いますので、まずはパートナーのことをよく見てあげること。

人間なので弱い部分や、ダメな部分や、サポートがいるような部分や、苦手な部分や、心の中に痛みがあるような部分を抱えていると思います。好きなことや、やりたがることや、やってもらいたがることや、癖のようなものも色々と持っていると思います。その時その時で、やってあげた方がいいこと、口を出さずにただ見守ってあげた方が良いこと、一緒にやってあげた方が良いこと、一緒に楽しめること、というのは変わると思います。ただ聞いてあげれば良いこと、あえて質問して話しやすいように誘導してあげた方が良いこと、こちらから話してあげた方が良いこと、分かち合った方が良いこと、も色々とあると思います。導いてあげた方が良いこと、教えてあげた方が良いこと、ただ素直に向こうから受け取ってあげた方が良いこと、もあるかもしれません。パートナーのことをよく見てあげてください。何をしたらいいのかわからないなら、何をしたらいいのかわかるまで、パートナーのことを理解しようとしてみてください。わからないことがあれば、聞いてみてください。「これは何?教えて。」「なんでそう思ったの?教えて。」
もしかしたら、聞かれたくないこともあるかもしれません。パートナーにとってはデリケートなことで、言葉選びやその時の状況も考えて聞いた方が良いこともあるかもしれません。そういうのも含めて、理解することから始めてみてください。そもそも、理解しようとすること、それ自体、愛と言っても良いかもしれません。あなたがパートナーのことをよく理解して大切に扱ってあげようと一生懸命になるということ。自分が愛されているかどうかばかりが気になっていて、嫌われるようなことばかりしていたあなたが、そんな風に成長しようとすること。そのことにコミットすること。それ自体がパートナーへの愛です。


嫌われるようなことをあえてしてしまう、というときに、覚えておいてもらいたいことを書いて見ました。ここに書いたことで、何かしら役立つことがあるのなら、幸いです。

 

パートナーの周囲に対して嫉妬してしまう

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他の人たちがパートナーと仲良くしているのをみて嫉妬を感じたことはあるでしょうか?
自分と同性の相手に限った話ではないのですが、嫉妬を強く感じるようなケースだと、パートナーの前で不機嫌になったり、ネガティブな気持ちをパートナーにぶつけてしまうようなこともあるのではないかな、と思っています。

特に、パートナーが色んな人を引き寄せる人気者のようなタイプだったり、お仕事で色んなお客様との付き合いが多い人だったりすると、そこで何かあるわけではないとはわかっていても、何となく不安感や嫉妬心を刺激されてしまう、、、、なんていうケースもあるかもしれません。

パートナーがそのことに気を使ってくれたり、自分に十分な愛情表現をしてくれていたとしても、嫉妬がどうしてもおさまらないようなら、自分でもこの嫉妬をなんとか無くしていきたい、、、という悩みを持つこともあるかもしれません。


欲しいものが手に入らないときに、自分以外の人がそれを手に入れているのを見ると、嫉妬、を感じると思います。それが欲しい度合いだけ、嫉妬は強くなります。あるいは、それが手に入りそうで入らない、という、あとちょっと、という感じが強いほどに、嫉妬は強くなります。

例えば、自分に自信がない人がいたとして、その人がパートナーから愛されているということは感じているのだけれども、これがいつまで続くのか自信がない、というときに、パートナーに近づいてくる異性がいるとしたら、その人のことを警戒すると思います。その異性が自分よりも何かより魅力的な部分を持っていたりすると、その人に対して嫉妬しやすくなるかもしれません。

例えば、パートナーが男性で、パートナーの男友達がパートナーと仲良くしていたとして、全然自分の立場を脅かすような存在ではなかったとしても、自分と一緒にいる時とは違う表情をパートナーが見せていたり、自分と一緒にいる時よりもパートナーが楽しそうにしていたとしたら、そこに嫉妬を感じる人がいるかもしれません。

ポイントになってくるのは、自分が欲しいものをその人が持っている、という部分と、それが手に入りそうで入らないという、あとちょっと感、かもしれません。欲しくないものを持っている人に嫉妬はしないです。興味がないからです。絶対に自分が手に入らないと思っているものを持っている人にも嫉妬しないです。「すごいなあ」と、ただ尊敬するだけだからです。嫉妬は、自分の心の中で競争を感じている相手にしやすいもので、自分の心の中で相手を自分と比較している時に感じやすいもの、だとしたら、自分の心の中に、どんな競争がありそうでしょうか? あるいは、どんなところを人と比較していそうでしょうか?

自分が感じていることへの理解を深めようとしてみてください。
誰に嫉妬していて、それはどんなものでしょうか?
競争や比較が心の中にあるとしたら、それはどんなものでしょうか?
嫉妬の裏側にある、自分が欲しいものってなんでしょうか?
そんなことをちょっと思い巡らせてみてください。


もし、嫉妬があるために、パートナーに対してネガティブな気持ちをぶつけたり、不機嫌になったりするようなことがあるのなら、その嫉妬が2人の間に壁を作ってしまうことがないように、嫉妬があるということをパートナーに素直にコミュニケーションしようとしてみてください。もしかしたら、素直にそのことを言う、というのは自分の弱いところやダメなところを見せてしまうような気がして、抵抗感を感じる方もいらっしゃるかもしれません。パートナー側の視点に立って、ちょっと想像してもらいたいのですが、、、、、、

ネガティブな気持ちをぶつけたり、不機嫌になるというあなたの姿は、パートナー側からみると何か責められているかのような感じを与えます。そこには、責められていることに対して「さあ、あなたはどうするの?」と詰められているかのような感覚を覚える人もいるかもしれません。

「実は嫉妬を感じてるんだよね。私の持っていないものをXXさんは持っているような気がして。」なんて自己開示をしているあなたの姿は、パートナー側から見ると本音を話してくれているかのような感じを与えます。頼られている、とか、信頼されている、という感覚を覚える人もいるかもしれません。

どちらの方がパートナーとの関係性をより良く出来るような感じがするでしょうか?
どちらの方がパートナーとより深く繋がれるような感じがするでしょうか?
どちらの方が嫉妬を感じているということに関して、それが解決に向かうような感じがするでしょうか?
人によって意見が別れることもあるかもしれませんが、私のおすすめは、素直にコミュニケーションする、という選択です。

嫉妬があることで、ネガティブな感情が何かしらの形でパートナーに伝わっているのなら、それは2人の間に隔たりを作っている感じになっているかもしれませんが、本音のコミュニケーションをすると、その隔たりに橋をかけてあげることができます。

自分が感じていることへの理解を深めようとしてみてください。パートナーにコミュニケーションするとして、どんな風に話したら相手に伝わりやすいでしょうか?
どんな風に話すと、より素直で、より本音に近いでしょうか?

自分の弱いところやダメだと思っているところを人に話す時に、思わず正当化したり、ごまかしたくなったりする心理は生まれます。それが強すぎると、パートナー側から見た時にあなたのことが見えにくくなってしまいます。ただ、あなたにもここまでは話せる、という部分と、ここはちょっと言いたくない、という抵抗感のある部分もあると思います。強く抵抗感が残る部分は避けるとして、、、出来るだけ素直に、出来るだけ本音ベースで、2人の間にある隔たりに橋をかけるためのコミュニケーションをしようとしてみてください。2人のために、嫉妬が2人の関係性を邪魔してしまうことがないように、パートナーを信頼して、出来る範囲で自己開示をしてみてください。


ところで、自分の中にある嫉妬の部分ですが、これ、どうしていきたいでしょうか?
例えば、「だって嫉妬しちゃうんだもん。仕方ないじゃない。」、というのが本音だったとしても、正直私は構わない、と思っています。パートナーにそのことをオープンに話せていて、嫉妬が出てきた時にも2人の間でそれが壁を作ってしまうことのないように対処できているのなら、そのままでも構わないんじゃないかなって思います。ただ、もし自分の中にある嫉妬の強い部分に関して、取り組みたいと思うのであれば、もしくは、取り組んだ方が良いと思えるのならば、もう一歩前に進むことが求められてきます。

嫉妬の解消は非常に長い時間がかかることがあります。だから、まずは嫉妬がある自分自身を受け入れてあげてください。嫉妬がある自分のことを責めないであげてください。嫉妬があるということは、何も悪いことじゃないです。

ただ、嫉妬は、自分には欲しいものがある、ということを教えてくれます。まだ手にはしていないけれども自分には欲しいものがあって、それを手にして満足したいという気持ちがある、ということを教えてくれます。
何が欲しいと感じているでしょうか?
それは手に入らないと思っているものでしょうか?
もしくは、それを手に入れるのは何かの手段にすぎなくて、本当に欲しいものが別にあるのだとしたら、それは何でしょうか?

自分が感じていることへの理解を深めようとしてみてください。あなたが欲しいと感じているものは、それが実際に手に入ることで、あなたの世界を広げてくれるものでしょうか?
それはあなたにどんな可能性を見せてくれているでしょうか?
パートナーの周りにいる人に感じた嫉妬。その人の中に、あなたは何を見て、何が欲しいと思ったのでしょうか?
その人の中にあるものをあなたが手に出来るとしたら、あなたはそこにどんな可能性を見たのでしょうか?

もしかしたらあなたは、ベストを尽くすこと、を求められているのかもしれません。本当は出来るのに、ちょっと怖かったり、ちょっと抵抗感があったりすることでやらないようにしていたことを、パートナーの周りにいる人がやっているのを見た時に、やっていない自分を感じて、そこで嫉妬をしたのかもしれません。

もしかしたらあなたは、まずはそこに触れてみること、を求められているのかもしれません。パートナーの周りにいる人が持っているものを見た時に、パートナーに対して、まだあなたはやったことがないし、やろうと思ったことがないことに挑戦することの価値を感じたのかもしれません。私には無理、とは思いつつも、パートナーの周りにいる人が持っているものを見て少し興味を持ったために、嫉妬が生まれてきたのかもしれません。

もしかしたらあなたは、自分の枠を広げること、を求められているのかもしれません。パートナーの周りにいる人の中で、ちょっと自分にも話しかけられそうだなって感じる人がいたりするでしょうか?
パートナーの中にある、いろんな人と縁を持つ力を見て、あなたもそこに少し触れてみることが意味を持ってきているのかもしれません。仲良くまではなれないものの、その人と話してみてそこで感じることがあるかもしれませんし、その人から全部とは行かないまでも、吸収できる部分や、学べる部分があるかもしれません。嫉妬の向こう側に、自分には似合わないと思って避けていた部分を受け取れるチャンスが、眠っているのかもしれません。

嫉妬は、あなたに何を教えてくれていると思えるでしょうか?
直感を使って、自分自身に問いかけてみるとしたら、どんな答えが返ってくるでしょうか?
「私が欲しいものは何?」
直感で思い浮かんだ言葉を聞いて、あなたはどう思ったでしょうか?
そこにもヒントはあると思います。

ここに書いたことで、自分にとっての課題のようなものが見えてきた方もおられるかもしれません。そこに取り組むのには、もしかしたら時間がかかることがあるかもしれませんし、一瞬で片付くようなこともあるかもしれませんが、課題に気づいたのならば、それはチャンスです。あなたに受け取れるものがある度合いだけ、嫉妬を解消するためのプロセスが進んでいきます。


パートナーの周囲に対して嫉妬してしまうときのことについて、私なりに掘り下げて書いてみました。嫉妬は非常に強い感情で、対処に手を焼くこともある感情かもしれませんが、ここに書いたことで何かしら役立つことがあるのなら幸いです。

パートナーの気持ちがわからないように感じた時

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パートナーが自分のことを本当に好きなのかどうかがよくわからなくなってきた、という想いを経験したことはあるでしょうか?
愛情表現がわかりにくかったり、あるいは、気持ちを疑いたくなるような行動をパートナーがした場合など、
恋愛関係の中で不安感が出てくるような状況になったとき、自分の気持ちもそこで揺れてくる、という経験をしたことはあるでしょうか?

コミュニケーションを重ねたとしても、パートナーの本心が見えてこないようなことがあるとしたら、
本当にこの人と付き合っていていいのかどうかがわからなくなってきた、
という想いを抱いたことのある方も中にはおられるかもしれません。


恋愛関係において、相手がどうであれ、自分自身はどうしたいと思っているのか、というのはとても大切なことで、
ここがはっきりしていると、そこを軸にとして、じゃあどうしていったらいいのか、ということを明確にしていくことはできます。
ただ、気持ちに迷いのようなものが生まれて、自分でもどうしたいのかがわからないということもあると思います。

パートナーの気持ちがわからないように感じた時、そのことで自分の気持ちにも迷いが生まれてきた場合は、
パートナーがどんなことを考えているのかを深掘りして推測したり、分析したい気持ちも生まれてくるものかもしれません。
あるいは、誰かに相談して、こんなパートナーに対してはどうするのが正解?、ということを聞いてみたい気分にもなるかもしれません。
そういったことももちろん有効かと思いますが、ここでもう一つ、おさえておいてもらいたきことがあります。

それは、一旦、自分自身の気持ちを整理してみる、という部分です。

「私が本当に欲しいものってなんだろう?」
自分が望んでいることや、こうなったら一番良いのに、と思い描いていることなど、
自分は本当はどうしたいんだろう、っていう自分の本心を掘り下げてみるとしたら、どんなことが思い起こされるでしょうか?


恋愛関係の中で、相手をコントロールして、相手を変えようとするのはとても難しいことなのですが、
私たちは何か問題が起こた時、その原因を相手のせいにして、問題のあるように思える相手のことを変えたいという望みを持つこともあります。
その望みを行動に移すとするのなら、大抵の場合、完璧には思ったような結果が出ないことに私たちはネガティブな想いを抱き、
ときとして、それをきっかけにしてパートナーとの間に諍いを起こすこともあります。

付き合いはじめの頃には気づかなかったパートナーのよくない部分。
そこに触れるにつれ、パートナーを変えようとするのか、あるいは、パートナーのありのままをみた上でパートナーを心の中で選び続けるのか、
それとも、別れを選ぶのか。そんな選択を問われるような状況になることもあるかもしれません。

「パートナーがわかりやすい愛情表現をしてくれたらいいのに。」
「パートナーが気持ちを疑いたくなるような行動をしない人だったらいいのに。」
そういう想いを持つこともあるかもしれません。
ここで視点を変えて、そんな「相手にやってもらいたいこと」を通して、自分が受け取りたかったものは何か、という部分を考えてみるとしたら、何があるでしょうか?
パートナーとのやりとりを通して、自分が恋愛関係から欲しいと思っていたものや、受け取りたいと思っていたものはどんなものだったでしょうか?
パートナーにやってもらいたいことを考えると、それをやってくれないパートナーに対しての不満や、問題に目が行くこともあるかもしれません。
ただ、そこに目を向けるのではなく、自分が欲しいものは何?、という部分に意識を集中するとしたら、どんなものが思い浮かぶでしょうか?

パートナーのどんな部分が好きですか?
どんな部分に惚れ込んだでしょうか?
そんな相手と愛し合うことになった時に、どんなものを受け取りたいと思ったでしょうか?
そんな自分の心の奥底の本音の部分を、自分なりに整理してみてください。


今のパートナーと一緒にいる中で、何か犠牲をしているような部分はあるでしょうか?
本当はやりたくないんだけど、無理に相手に合わせていたり、我慢をしているような部分。
恋愛関係を失わないようにするために、ときとして私たちは、自分が望まないようなことをすることもあります。
本当は嫌なことを我慢して耐えていたり、何かしら関係性を失わないように状況をコントロールするために何か無理をしていたり、
本来の自分とは少し違う何かを演じていたりすることもあるかもしれません。

もし、そんな犠牲や我慢の部分を抱えているような部分があるのだとしたら、
もし、そんなことをしなくていいとしたら、本当はどうしたいでしょうか?


パートナーに対して執着はどのくらいあるでしょうか?
恋愛関係を失うことへの怖れはどのくらいあるでしょうか?
あるいは、罪悪感や相手に対する情の方がものがあって、パートナーから離れがたいという部分はどのくらいあるでしょうか?
執着があることで、本来の自然な自分自身のありようとは離れたところで、強いこだわりが生まれてくることがあります。
執着は手放してそこから自由になった方が、楽さを受け取ることができるようになります。
もし、そんな自分自身を縛り付けているような部分があるとしたら、そこも整理をしてようとしてみてください。


自分の心の中を整理してみて、改めて、この部分を考えてみてください。
「自分はどうしたいのか?」
パートナーのことは推測することしかできないかもしれません。ある意味では、とても不安定で不確かな部分かもしれません。
ただ、そんな時ほど、自分自身のことを明確にしておくことは大切です。
あなたは、どうしたいでしょうか?

パートナーと一緒にいるということを最優先したいという気持ちが強いこともあるかもしれません。
別れを考えることもあるかもしれません、
あるいは、そこでパートナーとコミュニケーションしてみたいことが出てくるかもしれません。
例えば「こうして欲しい、それができないなら別れて欲しい。」など。

恋愛に正解があるわけではなく、あなたがどうしたいのか、という部分が何より大切で、そこから、どうしていくのがあなたにとって最も良いのか、
ということは決まっていきます。
迷いが生まれた時、私はどうしたいんだろう?、という部分と向き合うということを意識してみてください。
そこが固まっていると、パートナーの言動に振り回されるというよりも、パートナーがどうであれ、自分自身はこう、という主体性を発揮することができます。
そのほうが、自分自身が望んでいるものを受け取りやすくなります。

もちろん、最初の方に少し書いたように、パートナーの気持ちがわからない時に、他の人の意見を聞いてみたり、
パートナーのことを理解しようとする、と言ったことも有効かもしれません。
ただ、自分自身がどうしたいのか、という部分がぶれていると、そこで出てくる情報に振り回されることもあるかもしれません。

不確かなものがある時ほど、自分自身を見失わないこと。そのためには、自分がどうしたいのか、という部分を忘れないようにしてみてください。