心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

自分ルール

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「自分はどういう風に扱われるべきか」
そんなことを自分の中で決めているルールのようなものはあるでしょうか?

人間関係の中で怒りを感じたようなときに、その怒りの理由をじっくりと振り返ってみたら、自分の中で決めているルールのようなものが破られていた、なんていうケースがないか思い返して見ると、何か思い当たるようなものはあるでしょうか?
人間関係の中で怒りの理由となる自分ルールのようなもの。普段は気づきにくいものかもしれませんが、じっくり振り返って見ると、何かしら思い当たるところがでてくるかもしれませんし、その中には、自分の中では当然のことと思っていても、そのルールを言葉にした上で客観的にみて見ると、自分でもこれはおかしいかも、なんて思えるものもあるかもしれません。

例えば、自分が疲れているときは、もっとパートナーや家族は自分に優しくするべきだ、というルールがあるとします。パートナーの方がもっと疲れているときも関係なく、パートナーが病気で寝込んでいるときも関係なく、このルールは守られるべきだ、って思っているようなところがあるな、なんていうことに気づけたとしたら、、、
なんだか、自分で自分のことをわがままな人間のように思えてきてしまうかもしれません。

例えば、自分が怒っているときは、周囲の人たちはその理由を察するべきだ、というルールがあるとします。自分から何も言わないでも、相手は自発的に謝って、間違っているところを率先して変えていくべきで、それ以外はどんな的外れな行動もNG、って思っているようなところがあるな、なんていうことに気づけたとしたら、、、、
なんだか、自分でもかなり厳しいルールを設定しているように思えてくるかもしれません。

客観的にみて、もし同じルールを相手から自分に対して強要されたとしたら、うんざりするな、なんて思えるのだとしたら、そのルールにはどこか無理があるのかもしれません。


思い返してみた時に色んなルールが出てくるかもしれませんが、ここで大切なのは、そのルールを作っているものが何か、という部分です。そのルールがないと困る自分がいる、のだとしたらある意味では、そのルールを破られると傷ついてしまう自分がいる、ということかもしれません。もしそうだとしたら、その傷の部分がとても大切な意味をもってきます。

ルールが破られて怒りを感じた時、相手は正しくないことをしていて私は何も間違っていない、なんて思えるような時、その相手の正しくない行動によって傷つけられたのは、自分のなかのどんな部分でしょうか?
もし、その怒りの感情の下に、守りたかった自分の心の中の弱い部分が隠れているとしたら、それはどんな部分でしょうか?

怒りを感じているとき、その怒りの感情の裏には別の感情が隠れています。その裏に隠れている感情が怒りの感情で蓋をされることにより、一時的に違う方向に、意識が向けられることになります。そのため、怒りを感じている本当の理由に私たち自身も気付かない、なんていうことがあります。

私たちが怒りを感じている時、その下にはどんな感情があったのか、ということに目を向けて見ると、、、、
例えば、理解してもらえてない感じ、がしたのかもしれません。
あるいは、大切にされていない感じ、がしていたのかもしれません。
もしかしたら、寂しさを感じたのかもしれません。
役に立っていない感じがしたのかもしれません。
居場所がない感じがしたのかもしれません。
何か劣等感を感じていたのかもしれません。
自分が無価値なように感じたのかもしれません。
罪悪感を感じたのかもしれません。
色々と例を書いてみましたが、基本的にそこにいるのは、弱さを抱えている自分、です。

怒りの下にある感情は、とても素直な感情、といえるものかもしれません。それは心の中にある弱さの部分を象徴するようなものであり、とてもデリケートなところ、ともいえるかしれません。ただ、そこをダイレクトに扱うとあまりにも心が痛いので、そこから自分の身を守るために、少しポイントをずらして、自分は間違っていない、相手が間違っている、といった正当化にも似た理由づけを行うことで、その素直な感情から怒りの感情に意識をスライドさせる、ということが(無意識的に)起こったりします。怒りの感情は、この心の動きの結果から出てくる、わりと心の表面的な部分です。

心が痛みやすい部分。そこには、過去にできた心の傷、のようなものがあって、怒りを感じている時には、その心の傷を守るために防衛的な反応から怒りがでてきていることがあります。自分ルールができているくらいに、守りたい部分ならば、そこにそういったものがあっても不思議ではないのかもしれません。 

shinrinsen.hatenablog.com

 

もし、その心の傷が癒されたとしたら、そのルールは必要でしょうか?
自分の中にあるルールを見つめて、なんだかおかしいな、と思ったとしても、ルールが破られたときに、自分がその心の傷に直面するとしたら、ルールを手放すことは難しいかもしれません。ルールが破られないようにするのではなく、その心の傷の部分を見つめて、心の傷を手放すことができれば、ルールにこだわらなくていい自分を手に入れることができるかもしれません。

もし、今、自分の中にあるルールで、人間関係の中でそのルールがあるためにとても窮屈になっている部分がある、としたら、そのルールの下にある心の傷を手放すことが求められてくるかもしれません。

ルールを手放すこと、というのは、ある意味ではとても成熟さを求められる選択、かもしれません。ただ、それは自分と周囲の人たちとの人間関係をより良くすることができるもので、特にパートナーなど身近な人との関係性を、楽で風通しのよいものにしていくことができるものです。

 

その空想はより良い現実を受け取るための足枷になっているかも

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自分なりのお気に入りの空想、というのはあるでしょうか?

現実とはかけ離れたところで1つや2つお気に入りの空想を持っていても、それほど不思議なことではないかもしれません。私の場合、10代の頃には空を飛ぶのがお気に入りの空想だったり、独身で恋人がいなかったころには、幸せな恋愛関係や結婚生活に憧れて空想したことがあります。欲しい未来を思い描くときに、目標やビジョンといった前向きなものというより、自分の心を興奮させたり、満足させたりするためだけに存在する、自らが作り上げた空想の世界。もちろん、これを作ることは誰の迷惑にもならないですし、それが疲れた自分の心を和ませてくれることもあると思います。

ただ、空想には一つ厄介なところがあります。それは、空想だけで満足をすることを繰り返しているうちに、空想することへの執着が生まれてくると、欲しい結果が受け取りにくくなる、というものです。

お気に入りの空想に執着するようになると、空想を比べて今の現実をみたときに、現実が空想よりも劣っていることから、現実の満足度が下がっていきます。空想だけでは、本当には満足はできないと思います。空想に過ぎないということは、誰より自分自身が知っているので、そこに空しさのようなものもあるかもしれません。ただ、それでも、現実よりも空想の方がましなんてことを思ったりして、空想することに執着してしまうと、今現在に力を注ぐのではなく、ただただ空想の世界に力を注いでいくことになってしまいます。その結果、現実は何も変わらず、そこから良いものを受け取ることができない代わりに、空想への依存が強まっていきます。

現実から喜びや情熱を受け取っていきたいのであれば、空想への執着を手放していくことが求められてきます。


空想で作り上げた世界はとても安全な場所で、自分が受け取るものを完全にコントロールすることができます。ただ、現実は、自分が何を受け取れるかをあまりコントロールできない世界です。もし仮に、自分の心の中に空想を必要としているところがあるのだとしたら、それはハートの中のとても弱い部分、といえるものかもしれません。空想で作り上げた世界というのは、そんな自分自身の弱い部分を、ある意味では守ってくれている場所、と言えるものかもしれません。場合によっては、空想を手放すということは、とても勇気が必要になることかもしれません。

手放す、というのは、捨てる、というのとは異なります。手放すというのは、もう二度と空想はしない、とストイックに自分を追い込むということではなく、空想することに甘えすぎて、そこに執着するまでになってしまっていた、自分の凝り固まっていた部分をほぐして、そこから自由になる、ということです。執着がある場合は、辛い時や嫌なことがあった時など特定のときに空想に走るという条件のようなものが、自分の中にできあがり、自分自身がそこに縛られることになります。

あまり良い例えではないかもしれませんが、一人の時間のとあるタイミングでふっとさみしさを感じたら、さみしさを感じたことを埋め合わせるかのように、なんとなく、イケメン俳優と幸せな時間を過ごしているという空想をした、とします。ここで空想への執着が生まれると、一人の時間でさみしさを感じたら、即、空想がスタートする、なんていう習慣が自分の内側にできる感じになります。執着が進むと、一人の時間ができてちょっとリラックスしたら、即、空想がスタートする、という習慣に変わっていくかもしれません。さらに進むと、イケメン俳優とのパラダイス空想に勝る世界を構築できそうな、現実のパートナー候補なんていない、なんて感じてしまうかもしれません。そうすると、こんなことをいいたくなるかもしれません。
「現実には、私の周りにはろくな男なんて一人もいない。」
ちょっと極端な例だったかもしれませんが、、、、私が言いたきことは、空想への執着が生まれると現実が色あせて見えすぎるために、現実から喜びを受け取りにくくなるので、執着を手放していった方が、自分自身も楽になりますよ、といった感じのことです。

執着を手放すということは、自分に空想することを禁止をするのではなく、空想に走っても走らなくても、どちらでもOKという、フリーな状態を受け取るということです。上記の女性の例だと、イケメン俳優とのパラダイス空想に走らずには、淑女の心を満足させることは絶対に無理、という感じに仕上げています。ちょっと引いた目でこの一例を客観的に眺めると、空想への執着を手放すことができた方が、この女性は現実の男との恋愛をより受け取ることができるようになるのだろうなあ、という風な見方をすることができるかもしれません。

お気に入りの空想の中で、その空想をしているがために、今の現実が色あせて見えているかのように感じられるようなものはあるでしょうか?
もしかしたら、これは、、、、と思えるものがあるとしたら、一度、その空想を手放す、という選択をしてみてもよいかもしれません。


執着を手放すイメージワークをブログの記事にアップしたものがあります。もし、空想を手放す、ということに少しでもモチベーションを感じたのなら、どんな感じかというのを知るためにも、ちら見でもしてみてくださいませ。

執着を手放すイメージワーク / 心鈴泉-心理学とカウンセリングのブログ

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

欠乏感があると満たされにくくなる

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自分で書いといてなんですが、今回の記事はなんだかちょっと嫌な感じのするタイトル、かもしれません。

欠乏感が強ければ強いほど、その欲しいものがどうしても必要だと感じて、まるでそのことに強く執着してしまうような感じになりがちかもしれません。例えば、自分の恋人から十分に愛されているように感じることができず、そこに欠乏感があるような場合、恋人に強く執着するような感じになりやすくなります。

ここで仮に、恋人から愛情表現をたっぷりされる、なんていうことが実際にあったとします。ただ欠乏感が強い場合、たとえそれが手に入ったとしても、後々、それを失うことを怖れることになります。例えば、自分はやっぱり恋人から愛されていないのではないか、という怖れを抱いたりします。その結果、心が満たされにくくなったりします。これは、恋愛関係に限った話でもなく、欠乏感が強いと、なぜか実際にそれを一時的にでも受け取れることがあったとしても、心が満たされにくくなるかのような、そんな力が働いたりします。


心には不思議な法則があって、自分がそうだと信じていることを引き寄せる力があります。例えば、求める結果を受け取れる、ということを信頼することで、本当にそれを受け取ってしまう、なんていうことも可能にしてしまうかのような非常にパワフルで良い一面があったりもするのですが、、、、、ただ、そこにはマイナス面もあります。それは、悪いことを信じていたら、その悪いことをも引き寄せてしまう、という部分です。

例えば、欠乏感があって、自分の恋人から充分に愛されていない、と感じたとします。そこで「もしかしたら、自分は恋人から本当は愛されていないかもしれない、、、、」なんていう怖れを抱くようになり、その怖れの可能性の方を強く信奉するようになると、いつしか、その怖れが現実となるような方向に引き寄せられてしまう、という感じのことが起きたりします。

実際に、愛されていないように感じたことから、相手にケンカをふっかけてしまって、雰囲気が悪くなって、余計に相手との距離が空いてしまったり、最悪、自ら別れを切り出したり、というケースもあると思います。


今、なにがしかの欠乏感が心の中にあるのであれば、それはよくない流れを生み出す種が自分の心の中に芽吹いているようなものかもしれません。そしてもし、そのよからぬ流れを変えたいと願うのであれば、そのための手法の一つを紹介したいと思います。


流れを変える最初の第一歩は、欠乏感の裏に隠れている、期待を手放すことです。

恋愛であれば、何も言わなくてもわかってほしい、とか、自分のことをこういう風に愛してほしい、とか、自分の心の中にある、欠乏感を形作っている期待を手放していくと、流れを変えていくためのきっかけを作ることができます。

欠乏感があるときには、相手から何かをしてもらっても、それが当たり前だったり、十分に満足できなかったかもしれませんが、期待を手放して、欠乏感を軽くすることができていれば、相手からしてもらったことを、気持ちよく受け取って満足することができるようになっていきます。そして、満足感があるところには、もっと満足することがやってくるようになりやすくなります。

基本的には、いくら与えても不満げな顔をしている人のところには、どんどん与えられるものは減っていき、少しでも与えたらそれに満足して感謝の心がある人のところには、どんどん与えられるものが増えていく、という流れが生まれやすくなります。これは恋愛関係に限った話ではなく、人生全般に共通することで、実際に体感しておられる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

もちろん、それ以外の要素もたくさんありますので、これが全て、というわけではないですが、、、、欠乏感を満足感に変化させていくことができれば、悪い流れを変えていくことができるようになります。

期待を手放したら、次にやることは、何でしょうか?
例えば、何かを手放したら、何かを受け取ること。
欠乏感や怖れを生み出している自分の思考を手放す代わりに、自分の人生を前に進めるための、新しい考え方やものの見方を受け取るとしたら、どんなものがいいでしょうか?
そんなことに思いを巡らせたり、何かを学んでみるのもいいかもしれません。より良い結果が自分に訪れるように、自分の人生のプロセスに信頼を送ることや、人生を前に進めていくことにコミットするのもいいかもしれませんね。期待という執着を手放すことであなたの心の重荷は軽くなり、身軽になったあなたの目にはいろんな選択肢がみえてくるかもしれません。


もし今、欠乏感があって、よくない流れが自分にきているように感じておられるのであれば、その裏に隠れている期待や怖れを手放してみてください。それができた時、よくない流れがやって始めている自分の人生の流れに対して、あなたは「そうはいかねえよ」と、バシッと一石を投じることができます。良い流れを生み出していくための大切な一歩。もし、これを読んでその気になられたのであれば、一度、試してみてください。

やってもあなたに損は一つもありません。

 

自分が主人公の失恋物語を手放す

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失恋したとき、自分から別れを告げる場合や、向こうから切り出される場合、自然消滅のような場合、色んな状況があると思いますが、相手のことが大切であった度合いだけ、失恋は、辛い体験、になってきます。

なんで上手くいかなかったんだろう・・・・?

そんな風に落ち込むこともあると思います。ただ、ここで少し観点を変えて、自分の心の中で、無意識に描いてしまっていた、自分が主人公の失恋物語、が、もしあったとしたら、それは、どんなものだったんだろう?、って想像してみてください。

今まで体験してきた失恋の中に、似たようなパターンがもしあったとしたら、それも、その物語に入れて考えてみてください。

本当に自分の中で、その物語が根付いていて、その物語通りになるように、運命が動いた結果、失恋することになった、かどうかは一旦置いといて、まずは、自分の中に根付いていそうなストーリー、を想像してみてください。

いつも、こうなる。いつも、こういう扱いをされる。そんな感じの、今まで体験してきたことが一杯詰まったストーリーです。

人の心の中には、長い間の経験を通して、つちかわれてきたパターンのようなものがあります。そして、そのパターンが、その人にいろんな出来事や、人との出会いなどを引き寄せていきます。

だから、自分が体験することには、いつもの展開、よく起こるストーリー、というのが、自然にできていきます。

自分自身がそのストーリー通りになるように、様々な出来事を招き入れている、かのように物事が流れていきます。

ただ、絶対ではなく、そこにいつもと違う出来事が招かれることがあるから、人生は面白いのですが、ここで大切なことは、そのストーリーを手放すことが出来れば、自分自身が体験することも変わる、ということです。

もし、とても辛い失恋をしたとしたら、別の見方をすれば、それは、その自分の中にあるストーリーを手放すためのチャンスです。もし、ここに本気で取り組んでいきたい、と思えるとしたら、自分自身にとって、今よりも新しい部分を受け取るための準備ができていることになります。

自分が主人公の失恋のストーリーを手放すための心のエクササイズを用意しましたので、もしよければ、試してみてください。

失恋のストーリーを手放すエクササイズ

1.準備

まず、自分が想像した、その自分が主人公の失恋物語を何かにメモってください。携帯でも、スマホでも、紙でも、パソコンでも、自分が読み返せる状態なら、なんでもOKです。

次に、恋愛の中で自分がよくやってしまっている、いつものパターンをあげてみてください。その物語を作るパーツになっている部分です。いつも、これやっちゃってるなあ、って、自分でも良くないと思っているようなものです。

人から言われたものでもいいのですが、ちょっと頑張って見つけてみてください。

(※カウンセリングなら私がフォローできるのですが、一人だと難しいこともあるので、全然出てこなかったら、ここは飛ばしてください。)

最後に、自分の成長につながるようなことで、次の恋愛では、こんな風になりたい、って思うことを、何かあげてみてください。相手に求めること、というより、自分が変わる部分を上げてください。

恋物語を書き換えるためには、必ず必要になってくる部分です。失恋物語、心の中にある良くないパターン、新しい自分、3つの材料が準備できたら、ストーリーを手放すエクササイズをしていきます。

ただ、エクササイズの前に、軽くリラックスする時間を取ってみてください。お風呂に入る、でもいいですし、トイレに行く、でも、何でもいいです。

3つの材料をそろえるのに、あれこれ考えたり、ちょっと脇にそれて落ち込んだり、昔のことを思い出してブルーな気分になったり、というのは、あったりしますので、ちょっと、一旦、仕切り直して、気持ちをリセットしてみてください。

 

2.パターンを手放す

準備が出来たら、エクササイズを始めていくことになります。

まず、心の中で、その失恋した時の相手の姿をイメージしてみてください。そして、自分がメモした、心の中にある良くないパターン、を軽く読んでみてください。そのうえで、心の中で宣言してください。

「私はこのパターンを手放します。そして、今、心に残っているあなたへの執着も一緒に手放します。」

宣言したら、その相手のイメージから、一歩離れてください。離れたときに、自分の中にいろんな感情があがってくることがあります。ただ、その感情のままに、感じてみてください。

 

3.新しいものを受け取る

次に、自分がメモした、新しい自分、を軽く読んでみてください。そして、こう宣言してください。

「私は、新しい自分を受け取る準備があります。○○○(新しい自分になる、という内容の言葉)。」

宣言したら、その相手のイメージから、一歩離れてください。

 

4.感謝

次に、イメージしている相手の目を見て、何か感謝できることを口にしてみてください。今まで付き合ってくれて、ありがとう、でも、何でもいいです。

文句だったり、あれこれ言いたいことも出てくるかもしれませんが、ここで大切なことは、感謝の気持ちを、自分が感じる、ということです。

感謝の言葉を伝えたら、その相手のイメージから、一歩離れてください。

 

5.宣言

次に、自分がメモした失恋物語、をもう一度読んでみてください。その上で、こう宣言して下さい。

「今までこの物語を体験することで、今まで成長できました。でも、もうこの物語は私には必要ありません。この物語を、今日、過去のすべての失恋と一緒に、手放します。」

宣言したら、その相手のイメージから、ぐ〜んと離れれて距離をとってください。どんどん離れて、もう相手のイメージが見えなくなるまで離れてください。

最後に、もう一度、新しい自分、のメモを見てください。古いストーリーを手放して、新しい自分を受け取っていく、

という宣言をもう一度、自分の心の中でしてください。これでエクササイズは終わりです。

エクササイズをやってみて、どんな感じがしたでしょうか?

恋物語と一緒に、過去の恋愛の執着も手放して、新しい自分になる、ということ。それは、新しい恋愛を体験するための、呼び水になっていきます。

あなたの話が相手に伝わらないときに気をつけておいた方が良いこと

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自分が思っていることや感じていることを相手にいろいろと言っているつもりでも、実際には、相手に全然伝わらない、ということがあります。相性が良かったり、価値観が似ていると、何も言わなくてもわかってもらえる、ということがあったりもしますが、お互いに少し違う方向を見ている場合は、意外と伝わらなかったり、認識がずれていたり、ということもあります。

親しい相手との間でも、こういうことは起こり、相手が理解していないということに関して不快感を感じたり、ちょっとイライラっとしたり、なんていうこともあるかもしれません。わかってもらって当たり前、という感覚が自分の内側にあると、相手のことを強く責めたくなる気持ちがでてくることもあります。

あれだけ言ったのに、とか、見ていたらわかるはずのことを、相手が理解していなかったり、勘違いしていたり、理解する気がないようにしか思えなかったりすると、相手のことを責めたくなる気持ちがでてくることもあるかもしれませんね。


相手に思ったことが伝わらないとき、
「理解できていない相手が悪いので、相手が改善するべきだ」
という選択を心の中ですると、この「相手に思ったことが伝わらない」という状況が継続しやすいです。

なぜなら、この選択を心の中でした場合は、相手が理解できるように色々頑張らない限り、状況は変わらないことになるわけなのですが、相手が頑張るかどうかは相手にかかっているので、その状況を改善していくためのリーダーシップは、相手にゆだねられることになります。

相手が頑張りたいと思えるモチベーション次第ですが、基本的には誰かに何かをやらされる、ということを好む人はいないので、この状況改善の取り組みは消極的だったり、受動的になりがちです。それどころか、反発が生まれてくることもあります。そうなってくると、状況は停滞していきます。

こちらから怒りをぶつけたり、相手が間違っていることを相手に言い聞かせる、という試みが有効な場合も一応あります。それは、相手が何かしら怖れを感じている場合です。例えばこんな感じです。
・上司が部下を怒鳴る。 → 部下は自分の評価が下がることを怖れる。 → 部下は仕方なくいうことを聞く。
・彼女が彼氏を責める。 → 責められた側は相手に振られる可能性を怖れる。 → 仕方なく彼は彼女の言い分を聞く。振られたくないので色々頑張る。
こういう感じで、当面の問題が片付くこともあるとは思います。ただ、伝えたい相手が自分と対等の関係の場合、怖れを使って相手をコントロールする、という流れは、有効でないだけではなく、関係性にひびが入る可能性があります。

かといって、何もしないでいる場合、基本的にこの状況が自然に改善されていく、ということはあんまりないので、それはそれで、ちょっと面白くない展開になります。


コミュニケーションがうまくいっていなくて、自分が思っていることや感じていることが相手に伝わっていない、というときには、相手のことを信頼したうえで、相手に歩み寄る、ということが大切です。相手にこの状況を改善していくためのリーダーシップをゆだねるのではなく、自分がリーダーシップをとることが求めれてきます。

言い方や伝え方に関して、いつも通りのやり方だと伝わっていない、ということになるので、ここを変えていくことになりますが、そのためには、どうやったら相手は理解しやすくなるのか、ということについて、自分が相手の理解を深める、ということも求められてきます。

こうやったら相手に伝わるだろう、と思っていたら、それが通用しなかったという結果がでている、というのが現状です。ある意味では、相手に関して持っていた自分の認識が間違っていた、といえるかもしれません。

やり方を変えたからと言ってうまくいくとは限らないので、何度かトライ&エラーをくりかえることもあるかもしれません。ただ、状況を動かしていくために、相手を信頼して、自分が動き続けていく限り、状況が停滞することはないです。

このプロセスの中で、自分が感じている怒りを相手に表現していく、ということも別に間違っていないです。自分だけが頑張るのではなく、相手にも歩み寄ってもらえるように、行動や言葉を重ねていくことで、お互いにこの状況を変えていくことができるようになります。


相手に思っていることが伝わっていないときほど、コミュニケーションが大切です。コミュニケーションの問題は、どちらかが100%悪い、ということは基本的になく、歩み寄りが大切です。理解していない相手に対して、自分から動くということに抵抗感を感じることもあるかもしれませんが、そういうときほど、自分からリーダーシップをとっていくことで、状況を自分が動かしていける、という部分をぜひチャレンジしてもらえれば、なんて思っています。

 

好きすぎてネガティブになってしまう

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パートナーのことが好きすぎて、自分でもおかしくなったように感じられるようなことはあるでしょうか?
ちょっとのことで嫉妬してしまったり、不安を感じてしまったり、寂しくて会いたくてたまらなくなったり、など、ネガティブな気持ちが抑えられなくなってしまうような感じ、です。普段の自分であればそこまで気持ちが揺れることがないとしても、すごく好きになってしまった今となってはパートナーのことが頭から離れなくなって、ある意味ではすごく依存的になってしまうような状態です。

こんなときによくありそうなことをいくつか例にあげてみます。
・ちょっとしたことで、嫌われたかもしれない、とか、冷められたかもしれない、とか思ってしまう。
・自分と一緒にいるけれども、パートナーが我慢して一緒にいてくれているのかな、とか、本当は一緒にいるのが嫌なんじゃないかな、とか思ってしまうことがある。
・自分が面倒くさい人になっているように感じる。
・パートナーが素敵すぎて、自分にはもったいない人、のように思えてきてしまう。
・ネガティブな態度をパートナーにとってしまい、あとでそのことですごく自己嫌悪する。
・自分が追いかける側になってしまっているように感じる。
・今は愛してくれたり優しくしてくれるパートナーも、いつかは自分に愛想をつかすような気がする。
・つきあってくるにつれて、連絡する頻度が少なくなって来たり、手短になってきているのがすごく気になってしまう。

依存的な部分があるために、自分自身もつらさを感じならがも、ネガティブ思考が止められないような感じかもしれません。自分でもイケてないと思うあまり、誰か私に喝をいれてくれないだろうか、なんて思う方もいらっしゃるかもしれませんね。

パートナーのことが好きすぎてネガティブになってしまう、ということは、少なくとも下に書いたような感じではないと思います。
・パートナーのことが好きすぎる → 会っているとき楽しい → 次会うときのことを考えると会っていないときも楽しい → 毎日がハッピー
上に書いたような人もいらっしゃいますが、好きすぎてネガティブになってしまう方は、むしろこんな感じかと思います。
・パートナーのことが好きすぎる → 会っていないときにネガティブなことを考える → 会っているときにもネガティブなことを考える → つらい
なぜこの違いが生まれてくるのでしょうか? 

今回はそこに少し切り込んでみます。


恋愛は感情でするものなので、自分がどういう感情をどんな時に感じやすいのか、といった、心の中にある感情を感じるパターンのようなものが、恋愛の様々なシーンのなかで登場してきます。誰かのことを大好きになった時に、その人と恋愛関係になった時に、大好きな人と心理的な距離が縮まってきた時に、自分の心の中にどんなパターンが登場してきているか、考えたことはあるでしょうか?

この感情の感じ方のようなものは、幼い頃から大人になった今までの様々な体験の中で形作られていきます。幼い頃でいくと、大好きだと思う人でよくあるのは、お母さんやお父さん、かもしれません。お母さんに抱っこされて安心感を感じたり、お父さんと一緒に遊んですごく楽しかったり、そういった親密感を感じる体験もあれば、叱られたり、理不尽だと感じるようなことをされたり、何か心が傷ついたような体験をすることもあるかもしれません。成長していくに従って、心理的な距離で近い人というのでいくとご両親以外に、友人関係やパートナーとの関係でも、親密感を感じる体験や、あるいは、傷つくような体験や、様々な体験をしていくことになります。そこで私たちは、親密感への怖れ、を覚えていきます。

親密感はとても心地よい感覚です。ただ、大好きな人と一緒にいられるからといって、いつもそういう訳ではない、ということを学んでいくに従って、私たちは、こんなことも思うようになります。
「裏切られるかもしれない。」
「傷つけられるかもしれない。」
「否定されるかもしれない。」
「嫌われるかもしれない。」
あなたが、パートナーを好きになればなるほど、過去に体験した同じくらいの心理的な距離感で感じた心の痛みが、表面に出て来ます。そこであなたは過去の感情を思い起こし、そこからネガティブな感情を感じることもあるかもしれません。

まるで、心の中にある痛みを癒すことが目的であるかのように、あなたにその心の痛みにもう一度向き合うことを求めるかのように感情があふれ出てきたとき、私たちはそこから逃げ出したいと思うことも、ときにあるものかもしれません。


ネガティブなことを考えてしまう自分にダメ出しをするのではなく、今のありのままの自分にOKを出してあげてください。そのままのあなたのまま、パートナーからの愛情を受け取ってください。「こんな私でいいのかな?」って思うかもしれません。もちろん、そのままのあなたでOKです。大切なのは、愛情を受け取る、という部分です。ネガティブな感情を感じるのであれば、もしかしたら過去のあなたはその心理的な距離では愛情を十分には受け取れなかったのかもしれません。だから、今のパートナーがあなたに愛情を送ろうとしていても、それが信じられなくて、構えてしまったり疑ってしまうのかもしれません。だとしたらあなたの課題は、パートナーの愛情を受け取ることです。自分のダメな部分をみて自分自身にダメ出しをするのではなく、パートナーから愛されている部分をあなた自身が認めてあげてください。

パートナーを愛してあげてください。あなたなりのやり方で。こんな自分に愛されても嬉しくないかもしれないなんて思わないで、ただ、パートナーを愛そうとしてみてください。もしかしたら過去のあなたは、愛を送ろうとしても、受け取ってもらえなかったのかもしれません。もしかしたら過去のあなたは、愛情を送りたいと思っても、どうやったらいいのかわからなかったのかもしれません。その心理的に近い距離の中で、人を愛するということに難しさや抵抗感を感じていたのかもしれません。だとしたらあなたの課題は、パートナーを愛することです。パートナーのことをよくみてあげてください。パートナーの価値をみて、あなたが気づいたその価値をパートナーに伝えてあげてください。パートナーに寄り添って理解を送ってあげてください。パートナーが心の痛みや弱さを見せてくれるときがあれば、包み込んであげてください。パートナーのことをよくみて、どうしてあげたら喜ぶのか、どうしてあげたら嬉しいのか考えてみて、やってあげたいことがでてきたのなら、そのやり方で、パートナーに愛情を送ってみてください。愛を送ろうとしても、受け取ってもらえないこともあるかもしれません。反応が鈍いこともあるかもしれません。ただ、それでも、パートナーへの愛情を惜しまないであげてください。だって、パートナーを愛そうとしたあなたの気持ちは何よりも尊いもので、その積み重ねがあなたの心の中にある親密感への怖れをとかしてくからです。


パートナーに愛情を送る、ということと、愛情を受け取る、ということを通して、親密感への怖れをとかしていくこと。好きすぎてネガティブな感情を感じやすくなっているときには、その気持ちを押さえ込んだり、逃げたくなることもあるかもしれませんが、その痛みを乗り越えて、パートナーとの親密感を受け取ることに挑戦してみてください。なぜなら、その痛みは過去に癒されていない痛みが、今癒されるために出て来ているものだからです。

 

不満を感じた時の考え方

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不満、というと、ネガティブなイメージがあるかもしれませんが、不満がある、ということは、今の状況をより良くするための可能性がそこに眠っている、という見方をすることができます。例えば、不満の内容によっては、ビジネスチャンスが眠っているところ、というのも実際にあったりするかもしれません。不満というのはある意味では状況をよりよくするためのチャンス、という見方をすることができるものかもしれません。


もし、今、不満を感じているとしたら、そこに問題がある、ということに自分が気付いている、ということです。ただ、そこに問題がある、ということに気付いていない人もいます。確実なのは、少なくとも自分はそれに気づいた、ということです。問題が解決して状況がよりよくなっていくための道のりを陸上競技のリレーに例えるなら、自分が不満を感じた、ということは、自分が、その第一走者になった、ということです。

今、バトンをもっているのは、自分です。バトンは捨てることができます。もちろん、その場合、状況が良くなることはないかもしれませんが、リレーに挑戦するのか、それともやめるのか、その選択をすることができます。もし、解決を望むのであれば、走ってみてください。

自分ひとりで走りきることもできますが、不満がある状況、というのは、大抵、自分ひとりの力では、大変なケースが多いと思います。そのバトンは誰かに渡すこともできます。ただ、渡すところまでは、走っていかないといけないです。リレーですから。実際には、リレーと違って、誰かのところまで行ったら、あとは、一緒にやる感じにはなりますが、ここで大切なのは、まず、自分が走ることが求められている、ということです。


例えば、パートナーとの関係の中で不満があるのであれば、バトンをもっているのは、自分です。パートナーにそのバトンを投げつける、という選択もあるかもしれませんが、たぶん、それはあまり上手くいきません。不満を解決するために、パートナーとコミュニケーションすることが求められています。黙っていても状況はよくなりません。最初に走るのは、自分、です。

パートナーにバトンを渡してください。リレーですから、相手が受け取りやすいように、バトンを渡してあげる必要があります。走る、ということは、自分がその関係の中で、リーダーシップを発揮する、ということです。不満のある状況になったのに関して、パートナーの行動に不満があるのであれば、パートナーがどうしてそうするのか、理解から始めてみてください。パートナーにも不満がありそうであれば、その状況の中で、一緒に自分の不満も解決していくために、自分から動いてみてください。例としてパートナーとの間にあるものをあげてみましたが、パートナーに限らず、自分が不満を感じているときに自分から動いてみる、というところは共通です。


もちろん、不満があるときに、自分から動く、というのは、少し納得がいかない感じがするかもしれません。自分以外に問題があって、困っているのは自分なのに、なぜ、自分が頑張らなければならないのか、というところに、怒りがでてくるかもしれません。もちろん、私自身も不満があるとき、そう感じます。とても、めんどくさいな、って思います。ただ、このめんどくさい、って感じるのは、そこに才能を発揮するチャンスがある、っていうサインでもあります。リレーの第一走者は、自分、です。不満を感じたときに、どう反応するかが、そのあとで自分が体験することに大きく影響してきます。


不満を感じているときに、自分から動いて不満を解消する、という経験を積み重ねていくことができれば、それはある意味では自信につながることかもしれません。周囲の状況に関係なく、より良い状況を作っていくための鍵は、自分自身にある、という自覚がより良い人生を作っていくうえで大きな力になっていきます。怒りがあるかもしれませんし、納得いかない感もあるかもしれませんが、それはこの記事を書いている私自身も、実は、同じような感覚を感じます。それは私も一緒です。ただ、それでも、不満があるときこそ、チャンスです。一緒にチャレンジしていければ、と思っています。