心鈴泉-心理学とカウンセリング

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容姿のコンプレックス

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容姿にコンプレックスがあって、自分は異性から愛されない、と思い込んでしまうケースがあります。自分の容姿のなかに醜さのようなものを感じることで、こんな醜い部分を持っている自分が、異性から愛されるのだろうか、と強い疑いを持ち、ときにその疑いを強化する体験を重ねていくことで、深い絶望が心に生まれてくるようなことも、人によってはあるかもしれません。

美女と野獣という有名な物語では、魔女に呪いをかけられて野獣に姿を変えられた男が、自らの醜い姿に絶望します。バラの花びらが全て散るまでに、真実の愛を見つけられなければいけないという試練が男に与えられ、失意の中、男は城に閉じこもります。物語の中では、美しい娘ベルとの出会いから、男はその運命を大きく変えていくことになりますが、もし、ベルと心を通わせることがなかったら、その男の物語は非常に過酷なものとなったかもしれません。


人の魅力は色んな角度から見られます。ただ、異性の目から見た時に魅力を見るものの一つとして、容姿というのはとてもわかりやすい要素かもしれません。異性を好きになるときの基準として、容姿を非常に重要視する人もいます。容姿のコンプレックスが強いと、そのコンプレックスを補償するために、容姿がいい人を好きになりやすい、ということもあるかもしれません。

その反対に、容姿をあんまり重要視しない人もいます。内面的なことであったり、一緒にいて感じることであったり、共有できるものがあることであったり、尊敬できるような一面があったり、何か特別な才能のようなものがあったり、などなど、、、、様々な要素に魅力を感じれることから、容姿の良しあしの重要度が下がる感じかもしれません。ある意味では、どんなところに魅力を感じるのか、というときにその人の個性が表れます。

その人に抱く印象によって、容姿の感じ方自体も変わります。肥満気味の中年男性がかわいく思えたり、モデルのような顔をした美人がうす気持ち悪く思えたりすることがあります。

ただ、容姿のコンプレックスがあると、そういった人の感性の多様さに目がいかなくなります。「自分は見た目が良くない。それがすべて。」と思えてしまって、自分の容姿の欠点ばかりが気になります。


容姿のコンプレックスがあるとき、自分には魅力がないと思える度合いだけ、周囲に対して魅力的には思われないような印象操作のようなものを無意識にしてしまい、周囲をその「魅力的ではない」という視点に同調させやすくなります。ただ、その結果は、自分が本当に欲しいものではないと思います。

自分の容姿を良くないと判断しているその基準にはどんなものがあるでしょうか?その判断基準のようなものは、心の中に強く根を張っている思考だとは思いますが、改めて、それを言葉にしてみた時に、客観的に見て、その判断基準は自分が幸せになっていくために役立つものになっているでしょうか?

容姿のコンプレックスは「自分は魅力的ではない」といったセルフイメージに対する執着を、自分の心の中に作り出します。執着があるということを実感はしにくいですが、思い込みが強いほどその否定的なイメージに対して心が強くとらわれている状態になっています。その反対に「自分が魅力的である」というセルフイメージに対しては、抵抗感が強くなります。コンプレックスに反対するような言葉、、、例えば自分の姿を鏡で見て、それほど悪くない、とか、なかなか良い、といった言葉を心の中でつぶやいたときに、猛烈な否定が湧き上がってくるとしたら、自分の心の中で、その抵抗が強い、ということを意味しています。

愛情やつながりを求めるのならば、この抵抗感と執着を手放すことが求められてきます。やり方ですが、以下の①~④の質問を自分に問いかけて、直感で即答していってください。

①自分が魅力的である、ということに対する抵抗がありますか?

②自分が魅力的である、ということに対する抵抗を手放せますか?

③自分が魅力的である、ということに対する抵抗を手放しますか?

④自分が魅力的である、ということに対する抵抗をいつ手放しますか?

①~③の答えははい、でも、いいえ、でもいいです。④の答えも自由です。何度か①~④を繰り返してみて、少し抵抗がやわらいだ感覚があったら、次に、以下の⑤~⑦の質問を自分に問いかけて、直感で答えていって下さい。

⑤自分は魅力的ではない、というイメージを手放せますか?

⑥自分は魅力的ではない、というイメージを手放しますか?

⑦自分は魅力的ではない、というイメージをいつ手放しますか?

こちらも何回か繰り返してみてください。初めてやるときは、リラックスして心を落ち着ける場所と時間を確保した状態でやってみる、というのがお勧めです。イメージを手放す、というのは自分の中からコンプレックスを完全に排除するというより、少しわきにおいておけるようになったり、そのコンプレックスから距離を置けるようになったり、あまり重要視しなくなる、という感覚のものです。実際にやってみんて、コンプレックスが重たくのしかかっていた状態から、少し軽くなる感覚があったら、それが手放す、という感覚です。(実際に体験してもらえると幸いです。)


魅力的ではないというイメージを手放すときにセットで考えることが求められてくるのは、魅力的である、というイメージを受け取ることです。

自分の魅力には、どんなものがあると思えるでしょうか?
良い部分を意識的に見るようにすることで、自己肯定できる部分があるとしたら、どんなものがあるでしょうか?
今まで言われたことで、受け取れなくて否定したことでも、今振り返ってみると、受け取れると思えるようなことはないでしょうか?

異性から見て、どんな魅力を感じられると想像できるでしょうか?
人の感性には多様性があり、自分ではあまり自覚のないことでも、相手から魅力があると捉えられることもあります。そんな魅力があるとしたら、どんなものがあると想像できるでしょうか?

どんな形であれ、自分のことを心の中で肯定できた分だけ、それは態度や雰囲気となって表れ、周囲をその自己肯定感に同調させやすくなります。この結果は、ずばり自分が本当に欲しいそのものではないかもしれませんが、望ましい結果だと思います。


恋愛のパートナーとの関係性の中で、容姿のコンプレックスが解消されていく、ということもあります。ある意味、パートナーにゆだねられる一面は強いのですが、例えば、コンプレックスのある容姿も含めて愛してくれるパートナーと出会えたとしたら、そして、その相手からの愛情を受けとるということができたなら、それは素晴らしいことだと思います。

ただ、このときも容姿のコンプレックスに関して手放していく、ということは大切です。手放せないままでいると、それはパートナーからの愛情に対しての疑いを生む要因になります。パートナーとの絆を育てて、愛情を受け取っていくためにも、容姿のコンプレックスを手放していく、ということはプラスになります。


容姿のコンプレックスは思春期から思考の積み重ねで根強いものとなっていることもあるかもしれません。ただ、そのコンプレックスにとらわれる度合いは、その思考への執着を手放していくことで軽くしていくことができるものです。手放すことができるほどに、コンプレックスを刺激されるような出来事と出会うことが減りますし、仮にそんな出来事があったとしても、そこから受けるダメージを減らすことができます。また、自分が愛するパートナーからの愛情も受け取りやすくなります。

容姿のコンプレックスに悩まされることがあったときには、それを手放していく、ということにぜひチャレンジしてみてくださいませ。

 

セドナメソッドについて
「手放せますか?→はい/いいえで答える。手放しますか?→はい/いいえで答える。いつ手放しますか?→答える。」の部分はセドナメソッドを使っています。セドナメソッドについては本も出版されておりますので、興味のある方は読んでみて下さい。

新版 人生を変える一番シンプルな方法―セドナメソッド

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セドナメソッドの公式ホームページは以下のものです。

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