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心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

ぞんざいに扱われているように感じるとき

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家族や恋人や友人などから、あんまり大切に扱われていないように感じることはあるでしょうか?
適当というか、乱暴というか、いてもいなくても良いかのように扱われているというか、、、、何かぞんざいに扱われているような感じです。そんな扱いをされているように感じたら、その相手が自分にとって大切な人であればなおのこと、心に痛みのようなものを感じるものかもしれません。

こういうとき、相手との間に壁のようなものを感じることもあると思います。親密感がないというか、仲が良いのかどうか自分でもよくわからないような感じです。もっと大切に扱ってほしいとか、自分の価値をもっと見てもらいたいと思っても、なかなかそういう扱いにはならないとしたら、寂しさのようなものを感じることもあるかもしれませんね。


「あれ?私何かしたっけ?」
そんな風に何か思い当たることがあるなら、修正できるところはしておいた方が良いですし、思い当たることがないなら、コミュニケーションして聞けるところは聞いていく、という対応をした方が良いです。

ただ、自分が問題のあることをしたからそうなっているわけではなくて、何というか、この相手はいっつもそういう扱いをこちらにしてくるな、という状況であれば、自分の中にどんな問題行動があるか、ということを探るのは、ちょっと的外れかもしれません。こちらから聞いても、ちゃんと相手が答えてくれないのであれば、状況次第ではありますが、どちらかというと、ある意味では、相手のそういう態度の方に問題があるという見方もできるかもしれませんね。

そういうとき、ぞんざいに扱われている状況をなんとか良くしようと意識を向けるよりも、相手となるべく距離を置くなり、そういった相手のネガティブな反応はなるべくスルーして気にしないようにする、という方が良いです。

「なんでこの人は自分のことをぞんざいに扱うのだろうか?」
なんてことを考えるとネガティブな感情を感じやすいですが、ここでちょっと視点を変えて、自分で自分のことをぞんざいに扱っていないか、という見方をしてみると、また違った気付きが出てきます。

相手からぞんざいに扱われている状況自体を解決するものではないのですが、自分の中で自分を価値のないように扱っている部分があるなら、それは見直したほうが良いです。


自分のことをあまり価値のない人間だと感じていると、周囲からもそういう扱われ方をします。自分が心の周りにバリアのように壁を作っていると、周囲から距離をとられます。心の内側で起こっていることが、外側に映し出されます。その反対に、外側に映し出されていることは、心の内側で同じように起っています。

自分のことをぞんざいに扱ってくる相手については、その人はその人なりの理由でそうしているのでしょうが、そこを掘り下げても、他人の心の中身は自分がコントロールできる部分ではないので、あんまり気にしすぎても仕方ないです。もちろん、自分の行動に問題があってそうなっているのであれば、そこは修正した方が良いのですが、それ以外の要因で相手がそうしてきている部分については、どうしようもないです。ただ、自分が自分をぞんざいに扱っている部分に関しては、自分がやっていることなので、手の入れようがあります。


自分のことを大切に扱ってくれたり、価値のあるように扱ってくれる人はいるでしょうか?
自分のことを価値のない人間だと感じていると、そういった人たちの言葉や態度は心に入ってこないです。何か勘違いしている、とか、わかっていない、とか思うかもしれませんし、あなたたちにそんな風に思われても嬉しくない、と思うこともあるかもしれません。居心地が悪い、という感覚を持たれることもあるかもしれませんね。こういうとき、あえて相手に嫌われるような行動をとりたくなったり、壁を作って相手との間に親密感が生まれないようにブロックしたくなることもあります。

自分には価値がないと思っていると、無意識のうちにそれを現実化したくなります。自分のことを価値がないように扱う人が現れても、そこに違和感を感じず、いつものこととして受け取りやすくなりますし、たとえ、自分のことを大切に扱ってくれる人がいても、その気持ちを受け取りにくくなります。


自分に価値がないと判断している自分の思考を手放すこと。自分の価値のなさを感じているとき、自分は××だから価値がない、といった判断基準のようなものが心の中にできています。

これらを手放せるでしょうか?

判断基準は絶対的なものではなく、何をもって価値があるか、何をもって価値がないか、というのは、人それぞれが決めることのできるものです。これは普通とか、これは当たり前、といった思い込みのようなものや、××さんが言っているからこれはこういうものなのだ、といった他人の判断基準は重要ではないです。あくまでその判断基準は自分が決めているものです。自分のことを価値のない人間のように感じていることで問題が起こっている場合、今その判断基準が自分自身にとってあまり役に立たないものになっている、ということに気付くことが求められてきます。

もし、その判断基準を手放すとしたら、代わりに何を受け取りたいでしょうか?

自分自身に価値を見る、ということを意識してみてください。自分のなかに価値を見ることができる基準があるとしたら、どんなものがあるでしょうか?今までの判断基準ではどうでもよい扱いになっていたような部分でも、別の視点から見てみた時に、価値を感じることができるような部分というのは、人の中にはたくさん眠っています。

自分自身にこう問いかけてみて、直感で答えてみてください。

今まで自分に認めてこなかった価値って、なんだろうか?

あれこれ考える前に、直感で思いついたことをヒントにしてみてください。例えば、美しさ、というのが直感で思いついたとして、自分では自分に美しさを感じれなかったとします。
その場合は、自分の中にある美しさってどんなものがあるだろうか?
って自分に問いかけてみてください。

100点満点ではなかったとしても、こういうところは、まあ、まだましかな~、と思えるような部分でも良いです。今まで自分では認めてこれなかっただけに抵抗感もあるかもれませんが、自分自身が感じることのできる自分の価値というのは、とても大切な宝物のような部分です。できるだけ掘り出していってみてください。誰かから言われてうれしかったことや、今までは受け取れなかったけれども、こんな風に見てもらえたこともある、といったような経験があれば、思い出してみて参考にしてみる、というのも良いと思います。

過去の判断基準でその見つかった価値や自分自身のことを裁くのは、手放してください。大切なのは、役に立たなくなった過去の判断基準を手放して、自分自身の価値を見ることのできる視点を受け取ることです。


自分の中で自分を価値のないように扱っている部分の見直し方について掘り下げて書いてみました。ぞんざいに扱われることで、自分自身に価値を感じられなくなった時にでも、参考にしていただければ幸いです。