心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

嫌われるようなことをあえてしてしまう

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パートナーに対して自分から嫌われるようなことをあえてした場合、拒絶のようなものが返ってくることもあれば、パートナーにそれを受け入れてもらうこともあると思います。嫌われるようなことをするのには理由があると思いますが、もしそこに、もっと愛されたい、とか、もっと必要としてほしい、という欲求があった場合、嫌われるようなことをあえてして、それを受け入れてもらう、というパターンを繰り返してしまうことがあります。

自分のことがあまり好きになれなくて、パートナーが自分を本当に愛してくれているのか自信がないときに、パートナーをテストするかのように、嫌われるようなことをあえてして、どういう反応をパートナーをするのか確かめる、という感じです。嫌われるようなことをあえてしている最低な自分。それをパートナーが受け入れてくれるのをみて安心することもあれば、拒絶をパートナーが示したのを見て、「やっぱり私は嫌われるんだ」と思ったりすることもあるかもしれません。ただ、それを延々と繰り返していると、パートナーから見たときに面倒な存在、あるいは、重たい存在、となっていくことになります。人によっては恋愛関係だけではなく、友人関係の中でもこのパターンが出てくることがあるかもしれません。

私も過去にこういったことをしたことがあります。心理学を学んでもいたので「ああ、俺やっちゃってるなあ・・・・」と思いながらも、その当時は止められなかった覚えがあります。これを読んでいる方の中でも、もしかしたら、同じようなことをしたことのある方もおられるかもしれませんね。

もし、今ここにはまり込んでしまっておられる方がいたとするのならば、、、、ちょっとチェックしてもらいたいことや、覚えておいてもらいたきことがあります。


自分のことがあまり好きになれなかったり、自分の中でパートナーに愛されるかどうか自信がない、というネガティブな要素を抱えている自分。ある意味では、そこに自分の課題があるようなものなのですが、そこに自分で向かい合うのではなく、パートナーに解決させようとしていないか、ということをチェックしてみても良いかもしれません。

例えば、こんな感じの思考が自分の内側にないか、という部分です。「自分で自分を好きになれないのなら、最低な自分をパートナーに見せつけて、それでも自分のことをパートナーに受け入れてもらえるのなら、私はこの最低な自分を受け入れることができる。」「ひどいことをしてもパートナーがそれを受け入れてくれるのなら、私はその瞬間だけでもパートナーから愛されているということを信じることができる。」「パートナーに愛されるかどうか自信がないのなら、パートナーに愛を証明してもらったらいいんじゃないか?」

嫌われるようなことをあえてしてしまう自分の行動パターンのようなものを、変えたいと願ったことはあるでしょうか?
パートナーにとって、面倒な存在だったり、重たい存在になっているのだとしたら、もうそういうことは止めたいと思ったことはあるでしょうか?
自分の中の不安をパートナーに解消してもらおうとするのではなく、もっと他のやり方や考え方のようなものを身につけていきたいと思ったことはあるでしょうか?
もし、そんな想いがあるのならば、取り組んでもらいたきことがあります。


パートナーシップにコミットすること。コミットというのは、全力で取り組む、といった意味合いの言葉で、必ずやり切ると決意する、とか、本気になる、といった感じのものです。自分が不安を感じることがないような愛し方をパートナーに求めるのではなく、不安を感じている中でも、パートナーを愛するということにコミットすること。

怖れを感じるかもしれません。ただ、それをパートナーに解決させようとするのではなく、怖れを感じている中でもパートナーへの愛を選択していくこと。自分の中にある誰かを愛そうというときに気持ちをブロックしている部分を乗り越えていくことにコミットしてください。

もしかしたら、それはものすごく難しいことのように感じる人もいるかもしれませんし、辛いことのように感じる方もおられるかもしれません。ただ、コミットに必要なのは意志だけです。難しいことを成し遂げる能力のようなものや、辛いことを乗り越えていくための根性のようなものは全然なくても構いません。ただ、決意をするだけです。決意したんだけど、やっぱり怖いとか、コミットしたんだけど、不安は感じる、というのはよくあることですし、そういった部分を抱えていても、今まで怖れや不安があった中からのスタートなので、おかしいことでもなければ、全然不自然なことでもないです。

自分がどうしたいのか、を自分自身に問いかけてみてください。こうしたい、というのが出てきたら、そこにコミットすること。やろうって思ってみてください。なかなか上手くいかなくても、決意が揺らぐようなことがあっても構わないです。気持ちが揺らいだときは、もう一度、自分自身の気持ちに問いかけてみてください。
私、どうしたいんだろう?
確認してみて、こうしたい、というのが自分の中に出てきたら、もう一度コミットする。それを繰り返してみてください。一度、やろうって決めても、また迷いが出てきて、もう一度コミット、というのを繰り返しがあったとするのなら、そこで経験できるのが、実は決めた後の方が楽、という感覚です。自分の中で比較してみるとわかりますが、本当に辛いのは、迷っているとき、自分がどうしたいのかわからないとき、気持ちが揺れているとき、です。決意した後の方が実は楽です。気持ちが揺れていて、自分がどうしたいのかわからないのに、無理やり前に進もうというのは、あんまりおすすめしないです。それは本当に苦行のようになります。やりたくないことを無理やりやっている感じになります。そういうのがお好きな方もおられますし、それで色んなものを乗り越えていかれる方もおられると思いますが、そういうことができなくても全然OKです。迷いがあるときは、どうしたいのかもう一度自分に問いかけて、やっぱりこうしたいな、というのを確かめて、コミットしてください。コミットする瞬間、あるいは、迷いがある中でもコミットすることを選んだときというのは、まだ気持ちが固まっていなくて、ある意味では、今から気持ちを固めようとしているときなので、そのときに辛さを感じることはあると思います。ただ、コミットした後の方が楽になるということを、自分の気持ちが固まっているときの方が物事がスムーズに進むということを、決意した状態で今抱えているものと向き合ったほうが辛くないという感覚を、一度感じてみて欲しいと思っています。


パートナーを愛するという選択をすること。嫌われるようなことをするとき、私たちは自分が愛されているかどうかに意識が向いているのかもしれません。愛されているかどうかに意識を向けているとき、私たちは自分の中の弱い部分や心の中の痛みのようなものを中心にして物事をみているのかもしれません。自分の弱い部分や痛みを感じている部分を守るためにパートナーから愛されているかどうかをテストしたくなって、嫌われるようなことをしてしまっているのかもしれません。ただ、自分の痛みに心を奪われていると、あなたのケアをするのに疲れを感じているパートナーのことが見えなくなってしまいます。自分の痛みではなく、パートナーの痛みに意識を向けてみてください。愛されているかどうかに意識を向けてそこにエネルギーを注ぐのではなく、パートナーを愛するということにエネルギーを注いでみてください。

ただ単純にパートナーを愛することにエネルギーを注ぐ、ということと、愛されるているかどうかチェックすることにエネルギーを注ぐ、ということを比較すると、チェックに意識を向ける方が、どちらかというと苦行です。人間は完璧ではないので、細かくみていけば穴のようなものは出てきます。どれだけあなたのことを愛しているパートナーだったとしても、パートナーの言動を細かく細かくチェックしていけば、そこに自分への愛がないように見受けられるところも、色々と出てきます。愛がない部分に気付いたとき、あなたは傷つくかもしれません。愛がない部分をパートナーに修正させたくなったり、文句を言いたくなるかもしれません。言われたパートナーは、自分の中の愛がある部分ではなく、愛がない部分をクローズアップされてつつかれることに、罪悪感を感じたり、嫌気がさしたりするかもしれません。これは、チェックされる方も、チェックする方も疲れます。愛されているかチェックをするのではなく、ただ愛すること。その方があなたもパートナーも両方楽になれます。


もしかしたら、パートナーシップにコミットする、といっても、パートナーを愛する、といっても、ピンとこない、という方もおられるかもしれません。パートナーに嫌われたくないと思いつつも嫌われるようなことをしてしまう、とか、そんなときに自分の弱い部分を守りたくなってしまう、などという話はわかったとしても、じゃあ、パートナーシップにコミットしましょう、パートナーを愛しましょう、などと言われて、「で、具体的には何をどうすればいいの?」という気持ちになる方もおられるかもしれません。

やることは、パートナーを大切にするということを決意することと、パートナーに愛を与えようとすること、です。愛するといっても何をしたらいいのかわからなかったら、パートナーのことをよく見てあげてください。あなたがしてあげれる事で、何かパートナーの負担が軽くなったり、パートナーを喜ばせてあげることができたり、パートナーが居心地よくなったりすることはあるでしょうか?
そういったことが全然わからないとしたら、たぶん、それだけパートナーのことが見えていないと思いますので、まずはパートナーのことをよく見てあげること。

人間なので弱い部分や、ダメな部分や、サポートがいるような部分や、苦手な部分や、心の中に痛みがあるような部分を抱えていると思います。好きなことや、やりたがることや、やってもらいたがることや、癖のようなものも色々と持っていると思います。その時その時で、やってあげた方がいいこと、口を出さずにただ見守ってあげた方が良いこと、一緒にやってあげた方が良いこと、一緒に楽しめること、というのは変わると思います。ただ聞いてあげれば良いこと、あえて質問して話しやすいように誘導してあげた方が良いこと、こちらから話してあげた方が良いこと、分かち合った方が良いこと、も色々とあると思います。導いてあげた方が良いこと、教えてあげた方が良いこと、ただ素直に向こうから受け取ってあげた方が良いこと、もあるかもしれません。パートナーのことをよく見てあげてください。何をしたらいいのかわからないなら、何をしたらいいのかわかるまで、パートナーのことを理解しようとしてみてください。わからないことがあれば、聞いてみてください。「これは何?教えて。」「なんでそう思ったの?教えて。」
もしかしたら、聞かれたくないこともあるかもしれません。パートナーにとってはデリケートなことで、言葉選びやその時の状況も考えて聞いた方が良いこともあるかもしれません。そういうのも含めて、理解することから始めてみてください。そもそも、理解しようとすること、それ自体、愛と言っても良いかもしれません。あなたがパートナーのことをよく理解して大切に扱ってあげようと一生懸命になるということ。自分が愛されているかどうかばかりが気になっていて、嫌われるようなことばかりしていたあなたが、そんな風に成長しようとすること。そのことにコミットすること。それ自体がパートナーへの愛です。


嫌われるようなことをあえてしてしまう、というときに、覚えておいてもらいたいことを書いて見ました。ここに書いたことで、何かしら役立つことがあるのなら、幸いです。