心鈴泉-心理学とカウンセリング

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自分が子供時代に当たり前にできたことを我が子ができなくてイライラする

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自分が子供時代に当たり前にできていたことは、自分の子供も同じようにできるのだろうと思っていたら、全然そんなことはなくて「この子は一体誰に似たんだ」なんて思ったことのある方はおられるでしょうか?
そのことでイライラした気持ちになって来て「なんでできないの?」とか「やりなさい!」と非常に厳しく子供に接したことのある方もおられるかもしれません。

イライラした時、子供のことを心の中でも責めながらも、その後で、イライラして子供にきつく当たってしまった自分自身にもダメ出しをしたくなる、ということはあるでしょうか?
あんなに辛く当たらなくてもよかったかもしれない、とか、ちょっとヒステリーっぽかったかもしれない、、、、などなど。そうは思いつつも、実際に子供のそう言う一面を再び見るとどうしてもイライラしてしまうのだとしたら、ちょっとやるせない気分になることもあるかもしれませんね。


できないよりもできた方が良いから叱っているのだと思います。あるいは、ダメなものはダメだから厳しく言い聞かせようとしているのだと思います。ただ、本当はもう少し優しく接してあげたい、とか、ちょっとヒステリーっぽい感じだったかもしれないから、もう少しこの自分のイライラをなんとかしたい、と言う想いがあるとしたら、そのイライラを作り出している自分自身の心の中に、少し踏み込んでみても良いかもしれません。

自分の中にある子供を愛しているマインド。そこには、子供に優しく接したいと言う想いもあれば、躾、というか、育てていくために言わなければいけないことは言っていく、と言う部分もあると思いますが、このイライラした気持ちと、躾、と言うのはある意味では関連があると思います。優しく接してあげたいという部分と、厳しく言わずにはいられない部分の両方が自分の心の中にあるのだとしたら、ここに自己矛盾や、あるいは葛藤のようなモヤモヤしたものがあるという見方もできるかもしれません。


少し整理するために、なんのために厳しくしてしまうのだろうか、あるいは、きついことを言う必要があるのだろうか、と言う部分を自己分析してみてください。そこまで厳しくしなくても良いと思えるかもしれません。ただ、もし、厳しくすることに目的があるとしたら、なんだと思えるでしょうか?
厳しくすることにメリットのような部分があるとしたら、なんだと思えるでしょうか?
躾、という言葉を私は使いましたが、子供を育てていくために必要なパーツをその部分は一部担っていると思います。

子供に優しく接してあげたいのはなぜでしょうか?
愛しているから。繋がりたいから。優しさを教えてあげたいから。大好きだから。そんな理由や想いがあなたの心の中にあると思います。

イライラしてしまう自分を責める前に、自分の優しさの部分からダメな自分自身を厳しく罰してしまう前に、厳しさも優しさも両方とも自分の中にあるもので、子供と接して育てていくために、両方とも大切な自分の心の一部だと言うことを、まずはあなた自身が認めてあげてください。

両手を広げて、右手に自分の中にある厳しさを、左手に優しさをイメージしてください。左手の宿る存在の暖かさを感じてください。あなたの愛を象徴するような部分です。あなたの本質的で大切な心の一部です。右手に宿る存在の力強さを感じてください。物事を前に進めていくためのパワーを感じてあげてください。それも大切なあなたの心の一部です。右手と左手を合わせて、両方のエネルギーが統合されるのを感じてみてください。どちらも目的は一つ。子供を愛することだと思います。

愛を持って、今、心の中で子供の姿を、それも「当たり前のことをできていない子供」の姿をイメージしてください。この子を育てていきたいし、愛したい。そんな思いでその子供を見つめてあげてください。この子を導いていくやり方はたくさんあります。どんなやり方がいいか、あなたが考えて選んであげてください。正解があると言うよりも、あなたとその子にとってぴったりの道のりを、あなたがリーダーとなって子供と手を取り合って歩んでいく、という感じかもしれませんね。


少し見方を変えて、その子はあなたが子供時代に選ばなかった別の選択肢を選んだ存在、ある意味では、あなたの影のような部分を見せてくれている存在、と言えるかもしれません。子供時代にあなたは、その影の部分を否定したかもしれません。封印したかもしれません。そんなことやっちゃダメだと強く拒否して、いい子になることを選んだのかもしれません。あなたが子供時代をうまく生きていくために、その選択というのはとても役に立ったのかもしれません。

「当たり前のことをできていない子供」を愛して導いてあげるというのは、あなたにとって、子供時代に置き去りにしたあなたの影の部分を、自分の中に取り戻していくプロセスと言えるかもしれません。僕たちは自分の心の内面を周囲の人たちに投影して、好きになったり、嫌いになったり、認めたり、否定したり、あるいは無視したりします。そこで感じる感情は、相手に対して抱いているものであると同時に、自分自身に対して返ってくるものです。「当たり前のことをできていない子供」は今あなたに何を見せてくれているでしょうか?

子供をみて、私の中にもそういう部分があるなって認めることができる度合いだけ、あなたはあなたの子供の中にあるその部分を、受け入れやすくなります。そんな部分を取り戻していくなんて、あなたの子供時代には怖くて試すことができなかったことかもしれません。ただ、大人となった今ならそこに一歩踏み出していくことができます。あなたは子供を愛することを通して、子供時代には触ることのできなかった、自分のその部分を包み込んであげることができます。

あなたはどんなルールでその影の部分を封印してきたでしょうか?
わがままをいうのが絶対ダメなわけじゃないし、自分に甘いのが絶対ダメなわけじゃないです。そこに理由があったり、何か背景があったり、例外的な要素がある場合には、絶対ダメ、というルールが柔軟な対応を阻害することがあります。絶対に怠けてはいけないわけじゃないし、絶対に人に迷惑をかけちゃダメなわけじゃないです。目上の人に怒られた時に絶対に逆らっちゃダメなわけじゃないです。


自分が子供時代に当たり前にできたことを我が子ができなくてイライラした時のことについて、私なりに掘り下げて書いてみました。子供は、あなたを親として成長させてくれます。「当たり前のことをできていない子供」が、あなたに見せてくれているもの、それはある意味では、あなたにとっての成長のチャンスと言えるものかもしれません。