心鈴泉-心理学とカウンセリング

人間関係、恋愛、仕事の各シーンで使える心理学についての記事を記載しています。

地雷を踏まれてムカついた時

f:id:shinrinsen:20170801071926j:plain

 

自分の中で地雷のようなものって何かありますでしょうか?
そこを突かれると、ぷっちーんときてしまうものだったり、いくら好きな人でもそれをされると許せない気持ちになる、といった感じのものです。恋人や夫婦関係など、ごくごく身近な間同士でも、なんでも言い合えるからか、こういった地雷を踏まれてしまう、ということもあったりするかも、と思っていますが、みなさんいかがでしょうか?

例えば、彼が他の女性に優しくしているように見えたり、何か嫉妬を感じさせるようなことをされたら、彼のことを許せなくなる、なんていう人もいらっしゃるかもしれません。彼の方から、価値観を押し付けられるようなことがを言われるのが一番腹がたつ、という方もいらっしゃるかもしれません。自分には自分の考えがあるのに、一方的に彼の考えや価値観を主張されると、もう本当にうんざりして口をききたくなくなる、といった感じの方もいらっしゃるかもしれません。人によって、何をされると一番嫌か、というのは色々あるとは思いますが、他にも例をあげるとこんな感じです。
・自分が気にしていることを指摘されたり、上から目線でダメ出しされたりする。
・冗談で悪口を言ったり、やられたら嫌なノリや悪ふざけのようなことをされる。
・嘘をつかれる。約束したことを裏切られる。
・自分のことをほっとかれて、あちらの母親や家族の方を優先される。

例として書いたものは、そんなことされたら誰でも嫌だろうなって思うようなことをあげてはいます。ただ、それがどのくらい嫌で、どのくらい許せないと思うのかには個人差があります。何か嫌なことをされた時に、それが本当に許せなくて、もう相手のことを受け付けられなくなる、と言った過剰反応をしてしまうようなものは、地雷、と言って良いかもしれません。

自分が思い起こせることで、今付き合っている彼や彼女や旦那様や奥様とでも、過去のそう言った人達とでも、やり取りがある中で深く傷ついたと思えるような経験で、ああ、あれは自分にとって地雷だったな、と思えるような出来事はありますでしょうか?
今、まさに踏まれたところだよ! という方も、もしかしたら、これを読んでいる中にいらっしゃるかもしれません。


かっちーん、ときている時には、そんなもの踏む相手が悪い、としか思えないですし、なぜそれがダメなのかがわからない相手のことを、すごく心の中で批判すると思います。相手が地雷を踏まないようにするべき、としか思えない気分になりますが、ここでもし、地雷が爆発して自分が痛い目に合わないようにするために、自分にもできることがあるとしたら、やって見たいと思えるでしょうか?

いい悪いの話をするのであれば、悪いのは地雷を踏んだ人、かもしれません。ただ、今後こういうことが起きて、自分が痛い目に合わないための一手として、自分にできることがあるとしたら、やってみる価値はないでしょうか?
地雷を踏まれるわけですから、自分が受けるダメージはかなり大きいと思います。その軽減のためにも、やれることはできればしておく、というのがおすすめです。


やっておいた方がいいことの一つは、あなたの地雷を踏んだ彼や彼女とコミュニケーションをする、というものです。悪意があってわざと地雷を踏んでくるのであれば問題外なのですが、それが地雷になるということを相手が理解できてなくて、誤爆してしまう、ということは往々にしてあります。地雷を踏まれた時に、ぷっちーんと来て相手に感情をぶつけたはいいものの、なんであなたかそんなに怒っているのかを相手が理解できていないと、また踏まれるかもしれません。

相手のダメなところを責めるというより、自分が何を感じたのかをシェアする方が良いです。怒りながらダメ出しをするようなやり方の場合、相手が自己防衛に走って、こちらの話をちゃんと聞けない状態になることがありますが、自分が何を感じたのかを素直にシェアするのであれば、それと比べたら、グッと話は伝わりやすくなります。どんなことをされると、自分がどう感じるものなのかを、相手に伝えてあげてあげてください。


やれることとして、もっとおすすめなのは、地雷の扱い方を変える、というものです。地雷を踏まれてムカついた、としたら、相手のことを心の中で何かしら責めたと思います。ムカついたことは、自分の中で許せないタブーのようになっていますので、自分は絶対にやらない、という内容だとは思いますが、その相手を責めている内容に関して、少し角度を変えて、ちょっと相手がやったことほどひどくはないけれども、似たようなことで、自分もやってしまっていたり、できていないような部分はないでしょうか?

怒り、というのは、自分が弱い部分をガードするために、その弱点から出てくる感情に蓋をするために出てくるものです。怒っている人というのは、パッと見て怖かったり、何か強そうな感じもある意味するかもしれませんが、その実態は、弱い部分や未成熟な部分をガードしているだけです。

相手に対して、かっちーん、と来ていることの裏側に、自分自身がどうしても守りたい、弱い部分や未成熟な部分があります。弱い部分や未成熟な部分があることから、本当はできた方がいいのに、できていないことや、本当はやっちゃダメなのに、やってしまっているような、自分でもいまいちだなあ、なんて気づいている部分はないでしょうか?その自分でもいまいちだと思っている内容と、相手を責めている内容って、往々にして、全くイコールではなくても、相手ほどひどくはなくても、実はちょっと似ているかも、なんていうことって結構多いです。

それは今まで後回しにしていたり、避けて来た内容だと思います。ただ、そこをクリアにできた度合いだけ、自分の内面で地雷の扱われ方が変わる、というのは想像できますでしょうか?弱点をつつかれたくないから地雷になっているわけですが、その弱点の部分に関して取り組んで内面が変わると、ガードする必要性が弱くなってくるので、そこが自分にとって地雷と言えるものではなくなっていきます。

ただ、心の大きな痛みというか、何かトラウマのようなものがあって、そこが地雷になっているケースもありますので、その場合は、上に書いたことが、とてもハードな取り組みになってしまうこともあると思います。そういったケースでは、地雷の扱い方を変えることに取り組むというより、その痛みの部分のケアの方が大切です。(この辺りはまた別に記事を書こうと思っています。)


地雷を踏まれてムカついた時の話について、今回は書いて見ました。地雷の扱い方を変える、ということがうまくいった場合は、ただ地雷の撤去ができる、というだけではなく、その地雷があるために、今まで受け取れなかったものが受け取れるようになる、といった、ちょっといいこと、が起こることがあります。地雷を避けるために、今まで自分が避けて来たものを避けなくてよくなったり、苦手だった人がそこまで嫌じゃなくなったり、など、人生に広がりが出てくるような感じです。もし可能なら、ぜひ、取り組んでもらえれば、と思っています。